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現帝王対前帝王

 役目を終えた魔法陣の光が失われ、部屋の中を窓から差し込む日光が照らす。照明もあったはずだが、先ほどまでの戦闘の余波で破壊してしまったみたいだ。その戦いも、皆が固まってしまっていて止まっている。


「・・・」


ゆっくりと、部屋の中心で膝立ちしていたグランニールが立ち上がる。蘇ったばかりだからか服は着ておらず、筋肉と鱗の鎧がさらけ出されていた。俺の位置からは顔が見えず、表情をうかがい知ることは出来ない。


立ち上がった彼は、拳を握って開いたり翼を羽ばたかせたりと、体の調子を確かめているようだ。そんな無防備な状態でも、俺たちは動くことが出来ない。下手に動いて、彼を刺激したくないからな...。


「・・・アルミラ」

「ハッ!ここに!」


呼ばれたアルミラさんが、グランニールの足元に跪く。


「俺は、何でここにいるのだ?」

「貴方様の御復活を望む者どもが、私の研究していた召喚魔術で魂を現世へ呼び戻したのです」

「そうだったのか。死んだ者の魂は大地に還ると言われていたが、それは真実でないのだな」

「現世への強い未練が、それを拒んだのでしょう。全ては、貴方様の御力でございます」

「何にせよ、大義であったアルミラ。帝王へと返り咲いた暁には、好きな褒美を取らせよう」

「いえ、私は貴方様が再び現世へ戻られたという事実だけで、十分でございます」

「そうか、相変わらず無欲だな。剣を」

「こちらに」


グランニールの体が光に包まれ服を着た。豪奢と機能性を兼ね備えたシャツとパンツ、その上から大きな紋章が描かれたローブを羽織っている。角の生えた乙女が、竜と巨人に囲われているあれは、王城にもあったやつだ。多分、王族の紋章なのだろう。まさに、今の王族を表しているな。渡された剣の黒い鞘にも、同じやつがある。


「・・・それにしても、久しいなユクリシスにタイレス、トゥルーリー」

「・・・兄上、何故戻って来たのです。何故、大地へと還らなかったのですか?」

「愚問だな。別大陸を、我らが帝国の手中に収めるために決まっているだろう。我らこそが、この世で最も優れた種族。優れた者は、劣った者を管理する義務と責任が生じる。お前たちなら、分かっているだろう」

「確かに、個体としての強さなら、私たちは優れていると思いますわ。ですが、それだけで優劣を決められないでしょう。現に、人間の戦術は優れていますの」

「戦術など、圧倒的な力の前では無力。強さとは、生まれ持った資質によって決まる」

「だけど、実際戦争は長引いていたじゃない!」

「そうだな、それは俺の失策だ。最初から、俺らのような強者を投入しておけば、今頃人間を攻め滅ぼせただろう」

「そんじゃあれか?今度は兄上が、最前線に立って戦うってのか?」

「ああ、国をまとめたらそうするつもりだ。お前たちにも、手伝ってもらうぞ」


・・・そういや、俺らが戦った時も魔人クラスの奴は少なかったみたいだな。勇者と騎士団で追い返せたくらいだし、駐留していた奴らにも魔人はいなかったのかも。そりゃ、ユクリシスさんたちみたいな奴らが最前線に出てきたら、いくら何でも厳しすぎるだろうよ。人間を舐めてたってことかね。


「断る、と言ったら?」

「理由を聞こうか」

「兄上は、人間を滅ぼす道を選びました。ですが、私は人間と共に生きる道を選びましたの。もう、戦争なんて二度と御免です」

「人間と共に?そんなことが出来ると、本当に思っているのか?」

「思っていますわ。我々も人間も根っこは同じ、言葉が通じるなら思いも伝わりますの」

「・・・2人はどうなんだ?俺とユクリシス、どちらの道を選ぶ」

「俺は姉上と一緒に行くぞ。民に戦いを強いるなんて、暴君のやることだ。到底許せることじゃない」

「・・・私も、姉上の道を歩む。まだ人間を信じ切ることは出来ないけど・・・理解し合えると思うし」

「・・・俺の弟妹を誑かしたのは、そこの人間か」


怒気を孕んだ目で俺を睨みつけるグランニール。一睨みされただけで、心臓を視線で射抜かれ言葉にならない空気が漏れる。


「ツチオは関係ありませんの!これは私自身が決めたこと、誰にも譲ることは出来ませんわ!」

「誑かすなんて、俺らはそう簡単に迷わされねぇよ」

「それもそうか。ということは、お前らは自ら俺の道に立ちはだかるのだな」


グランニールの体から魔力が立ち上り、陽炎のように立ち上る。アルミラさんから受け取った剣を抜き、頭上へ掲げた。


「ならば、障害を取り払おう。俺の覇道を妨げる奴らは、例え弟妹であろうと容赦はせん」

「あなたはもう死んだ人、現世に関わるべきではありませんわ。もう一度、私の手でその命を刈り取りますの」

「本当に、出来ると思っているのか?」

「今回は、1人ではありません。蘇って強くなったようですが、負けるつもりはありませんのよ」


グランニールの剣に魔力が巻きつき、竜巻みたいな刀身を作る。掲げた剣に、巻きついた魔力・・・次やる行動ってもしかして。


「ここでは戦うのに手狭だな・・・どれ、小手調べだ」

「ちょっとあれって!」

「全員飛べ!」


魔力を巻いた剣が振り下ろされる。空間が巨大な光の刃で二分され、ユクリシスさんたちが視界から消え去った。

荒ぶる魔力に吹き飛ばされ、俺らは壁を突き破り空中へと投げ出される。少しの間気持ち悪い浮遊感が続き、腹からどこかに着地した。体がくの字に曲がり、胃腸を圧迫されてオエっとなる。


「オエェェ...」

「ちょ、私の背中で吐かないでよ!そんな趣味ないんだから!」

「そんな言い方すると、逆にあるように思えるから不思議だな...」


着地したんじゃなくて、リンにキャッチしてもらったんだな。遠くでは、ライムとニクロムをルウが両脇に抱えている。重そうだな...。


リンの背中に座り直して、研究塔の様子を伺う。俺らが突き破った穴から、中を伺うことは出来ない。

あまり近づくのは怖いので、少し塔から離れる。すると...。


「おいおい、何じゃこりゃ...」

「嘘でしょ・・・地面にまで、斬撃が届いているわよ...」


最上階の部屋を二分した光の刃。あれは部屋だけでなく、研究塔を丸ごと縦に分断し、さらに真下の広場にまで痕を残していた。周囲には、巻き込まれたであろう人々の血が飛び散っていて、上から見るとまるで赤い絵の具を落としたかのようだ。


あまりの惨状に絶句していると、塔の半分がグラリと揺れる。慌てて目を移すと、断たれた塔がバランスを崩し、倒れ始めるところだった。

ゆっくりと倒れていく研究塔。しばらく固まっていた広場の人たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。既に洗脳は解けてるんだな・・・もう必要ないからか。


地面へと倒れ込む研究塔。立派な商店が瓦礫と化し、下敷きになった人の血が飛び散り、砂塵が舞い上がる。あれでも帝王だったんだろ・・・こんなことしたら被害が出るって、分かっていただろうに。


そんな中に、土煙を吹き飛ばしながらグランニールが降り立った。側には、同じく翼を広げたアルミラさんが。前帝王とその側近を見た人々は、逃げるのも忘れてわが目を疑っている。

俺らが少し離れた所に着地するのと同時に、上空から高速で黒い雲が落ちてきた。中からユクリシスさんたちが出てくる。


「兄上、何をしているのです!如何なる理由で、このような暴挙に出たのですか!?」

「少々力加減を間違えてしまったな・・・中々に難しい」

「・・・兄上、やはりあなたは王に相応しくありません。ここで誅させてもらいます」


ユクリシスさんたちが構えを取る。タイレスさんたちは違うけど、ユクリシスさんは不死だ。負けることはないと思うけど...。


「それほど甘くはないでしょう。グランニールが装備している剣、あれ自体が強い魔力を帯びています。剣で決闘したということを含めると、不死殺しの類かと」


不死殺しって・・・矛盾してね?いや、それはどうでもいい。そんな剣を持っているなら、ユクリシスさんも危ない。決闘で大怪我を負ったって言ってたもんな、多分あの剣で斬られたんだろう。


「どこからでも掛かってくるがいい。今の俺に負けはない」

「いきますわよ、2人共!」

「ここで止めるぜ!」

「今度は首も残さないわよ!」






 巨人コンビがグランニールに突っ込み、ユクリシスさんが魔術の詠唱に入る。左右からの息の合った挟撃、右から斧、左から剣や槌が襲い掛かる。

長剣を盾にして斧を受け止めたグランニール、タイレスさんには左掌から白く輝く光線を放ち吹き飛ばした。

剣を捻り斧を跳ね上げる。がら空きの胴に尻尾を叩き込まれ、吹き飛ばされるトゥルーリーさん。


「喰らいなさい!」


上空に魔法陣が展開され、黒鉄の巨槍が現れる。陣に覆われている槍が、目にも止まらぬ速さで放たれた。

陣を通過し燃え上がった槍は、隕石のように落下する。大地を穿つ魔術がグランニールを狙う。


「さすがだな、ユクリシス。これほどの魔術を、短時間で発動させるとは」


グランニールは掌から光線を放って迎え撃つ。タイレスさんに放ったのとは比べ物にならないほど、太く大きな光だ。

巨槍を飲み込み消し飛ばし、それでも収まらず天を突いた。雲があったら、きっとぽっかりと穴が開いていただろうな...。


「はあ!」


いつの間にか、まだ空を見上げているグランニールの直近に近づいていたユクリシスさんが、顎目掛けて拳を振り上げる。

そのまま腹に数発入れ、掌に作り出した魔力の玉を叩きつける。込められていた魔術が解放され、凝縮された大気が爆発。肌を切り刻みながら、グランニールは吹き飛んでいく。

追撃を仕掛けるユクリシスさん。数語詠唱すると、地面の岩が浮き上がりグランニールが吹き飛んだ辺りに落下した。地震のように地面は揺れ、積み重なった岩が山を作る。

追撃に巨人コンビも加わる。山に埋もれているグランニールを狙って、各々の武器を振るう。斧が岩ヶを砕き、剣や槍が切り刻んでいく。


一頻り殴り終え後退し、油断なく岩山を注視する。次の瞬間、岩の欠片を吹き飛ばしながらグランニールが中から現れた。ユクリシスさんの風が作った裂傷や、振り下ろされた武器で出来た打撲があるが、まだまだ満身創痍には程遠い。あんだけ全力で攻撃して軽症とか・・・さすがに化け物じみてるぞ。


「・・・もう十分か」

「何が十分なんだ?」

「今の力を把握しようとしていて、それがもう終わったということだ。そろそろ、こちらから仕掛けていくぞ」


翼を広げて一気に距離を詰め、タイレスさんに斬りかかる。目にも止まらぬ早業とはこのことか、剣閃がぶれるほどの速度で振るわれた剣を、何とかタイレスさんがいなしていく。だが、手数の量に関わらず、タイレスさんは押されている。


「どうした、幾ら武器があっても使いこなせれば意味がないぞ」

「言われなくても...!」


そんな彼の背後から、トゥルーリーさんが襲い掛かる。大上段に斧を振りかぶり、裂帛の勢いで振り下ろした。

しかし、それも読まれている。真っ白い光に包まれた裏拳で、巨人の圧倒的な膂力の篭った斧を真横に弾く。そのまま動きを止めることなく、蹴りを横っ腹に叩き込み吹き飛ばした。


「沈め」


両掌を2人に向ける。現れた白球が膨れ上がり、巨槍を消し飛ばしたのと同規模の光線が放たれる。タイレスさんは多くの腕で自分を覆い、トゥルーリーさんは斧を盾にする。

光線が消え、全身から煙を上げている2人が残された。そのまま、その場に倒れ込んだ。


・・・2人とも、意識がないみたいだ。あんな光線を喰らったんだ、無事ではすまないはず。放っておいたら不味い、応急処置はしておかないと。俺に今出来ることといったら、それくらいだからな...。


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