思い出・アップデート ③
「むっ、私が最後でしたか」
いつもの作戦室へ入室すると、そこにはやはりいつもの面子が並んでいた。
ただしこれまでとは違い、疲れた顔を見せる縁さんの隣には腕を組んで仁王立ちする局長の姿もあった。
珍しいこともあったもんだ、いつもであればこんな会議には顔は出さないはずなのに。
「遅いよラピリスクン! だがいいさ、私は寛大だよ、それでは会議を始めようじゃないかうん」
「はぁい……葵ちゃん、適当なとこに座ってねー」
「分かりました、遅れて申し訳ありません」
「ぬぬ、そう素直に謝られると私が悪者みたいじゃないかね……」
そこでドクターが咳ばらいをし、ズレそうになる話題を修正する。
弁明を無情にも打ち切られて狼狽える局長を横目に、縁さんが手元の資料をテーブルに展開する、流石の連携だ。
「皆、まずはこれを見て頂戴。 これは今日のお昼前に起きた事件よ、まだニュースにもなっていないけどね」
「福福堂前で男2人が言い争い、片側が刃物を取り出す事態にまで発展ですか……あそこのどら焼きは美味しいんですよね」
「Ahー……」
隣で資料に目を通すコルトが気まずそうに目線を逸らす。
はて、一体どうしたのだろうか。
「そうだとも、周辺の証言によれば刃物を取り出した男はかなり錯乱した様子であったらしい……そして事態はブルームスターが収めた」
「ブルームスターがですか!?」
「そう、そうなのだよ! 襲い掛かる男の腕に掴み掛ってよく分からないがこう、箒をズバーンっとね! いやあ正しくあの姿は……」
「ンン゛ッ! ごめんネ、最近ちょっと風邪気味でネ! 気にせず続けて!!」
局長の発言を遮るようにコルトが咳き込む、そういえばコルトは酷い花粉症だったはずだ。
この時期はきっと粘膜の調子が悪いのだろう、気の毒に。
「……まあ緊急事態とはいえ、一般人に魔法を振り上げた彼女のやり方はあまり褒められたものじゃないが」
「そ、そんな事はないぞヴァイオレットクン!!」
「そうだね、丁度いいや。 助けられた側の意見を是非聞かせてもらいたいのだけど、いいかな局長?」
「………………ゑっ?」
再度資料に目を落とすと、被害側の男性は「非常にふくよかな体格」と記載されている。
なるほど、この被害男性が局長だったのか。 しかし何故こんな所にいたのだろう。
「仕事を抜けて菓子を買いに出かけるとは、いやあ仕事熱心で涙がちょちょ切れてしまうよ。 なあ局長?」
「え、エットデスネ……ソレハソノ……た、助けてくれゴルドロスクン!!」
「おまっ、速攻で私を巻き込むなヨ!?」
「……まあ追及は後にしよう、問題は局長を襲ったこの男だ。 警察の調べによればこの男からアルコールは検出されなかったらしい」
「酔っていたわけではないと……ならばその、非合法な薬物などは?」
私の疑問に対し、ドクターは黙って首を振る。
彼女の調べならまず間違いはないか、だとすれば他に考えられる原因は……
「――――“魔力”だよ、男から採取した血液からは微量の魔力が検出された。 僕はこれが原因とみている」
「ま、魔物に操られていたというのかね?」
「どうだろうか、操られたというより暴走という言い方が適切だね。 特に目的も無く暴れていただけに思える」
人を暴走させる魔物、ドクターの予想が正しければ放置できる相手ではない。
一刻も早く見つけ出し、退治しなければならない存在だ。
「ドクター、他に何か分かった事は?」
「ある、男のすねに噛まれたような小さい傷があった。 歯型からしてげっ歯類のものだ」
「魔力を打ち込まれたのはその噛み跡から、ですか?」
「ああ、細かい照合はまだ済んでいないがこれが正しければ今度の敵は厄介だぞ。 なにせ小さいのだからな」
確かに今までの魔物は既存の生物のサイズ大きくしたようなものが多かった。
今回は逆に“小さい”、となればそれだけ発見は難しくなる。
「そ、それはかなり不味いのではないのかね!? 一刻も早く倒したまえ!!」
「それが出来たら苦労はしないさ、警戒はするがどうしたって後手後手になってしまう」
「今はまだコルトちゃん達を下手に動かすわけにもいきません、動こうにも情報が……」
「ええい、街中の監視カメラから映像を集めなさい! 人手を集めれば何とかなるだろう、魔法少女たちは監視カメラの死角になる部分に張らせ給え!」
汗を流しながら身振り手振りで局長が指示を飛ばす。
いつもなら縁さん任せのはずだが、やはり今日の彼はどこか違う。
「無論護衛を付けなさいよ、何かあったら私……もとい一般市民を守る人材がいなくなる! それは困るからな、ボディーガードはとびっきりの人材を付けなさい!」
「局長は一体どうしたんでしょうか、普段とやる気の質が違うように見えますが」
「さーてネ、ミカちゃんとやらが関わってるのカナ?」
「――――それじゃ行こうか魔法少女諸君! 我らが愛する街を守るために!」
「「「「………………はぁ!?」」」」
突拍子もない局長の発言に、その場にいる全員の声が揃ってしまった。
――――――――…………
――――……
――…
「……どうだ、なにか見つかりそうか?」
「むむむ……我こういうの得意じゃない」
しかめっ面のシルヴァと共に、街の中心部から外れた廃墟が立ち並ぶ道を歩く。
ここらの子供が“お化け通り”と呼ぶここは、数年前に魔物絡みで嫌な事件があったらしい。
事件が解決した今となっても人が集まらず、「不吉」だと捨てられた場所。
度胸試しの馬鹿かホームレスしか集まらないようなこの場所は、身を隠すにはうってつけだろう。
「魔力辿るのは俺も苦手なんだよなぁ、そういうの便利な魔術組めないのか?」
「反応が微々過ぎて難しいのだ、盟友ぅ。 それにその手の魔術は神経を使うのでな……」
野良ネコ二人、現在隠れたネズミを捜索中。
福福堂前の事件現場から、微かに流れた魔力をなんとか追ってここまで辿り着いたが、クラゲの時ほどうまく事は進まないようだ。
それにシルヴァの調子がどうも悪いように見える。
「ううむ、やはり盟友の正体は……いやしかしぃ……」
「シルヴァ、どうかしたのか?」
「な、何でもないぞ! 何でもない、うむ!」
さっきからこの調子だ、何事かをぶつぶつと呟いては探索に身が入っていないように見える。
何か悩みでもあるのだろうか、思えば俺はシルヴァの事を何も知らない。
魔法少女のプライベートに踏み込むのはタブーだが、こうも上の空だと少し心配だ。
「なあ、シルヴァ―――――」
前を歩くシルヴァに声を掛けようとしたその時、貫くような視線が全身を襲った。
シルヴァも気づいたようで、弾かれたように互いに背を合わせて周囲を警戒する。
―――古びた建物の中、瓦礫の下、錆び付いた看板の影。
あらゆるものの陰から、赤い瞳が俺たちを睨みつけている。
それはネズミだ、夥しいほどのネズミたちがまるで示し合わせたかのように俺たちへ敵意を向けている。
「……おいおい、まさかこれ全部相手にしろってか?」
「ち、違うぞ盟友! こやつら魔物ではない、ただのネズミだ! まるで魔力を感じない、だからきっとただ縄張りに踏み込んで怒っているだけ……」
《――――に見えますかねぇこれが!!》
まるでハクの悲鳴が合図だったかのように、物陰に隠れたネズミたちが俺たち目掛けて飛びかかって来た。




