何が彼を突き動かすのか ③
「……うん、悪くない。 ただ喫茶店で和食が提供されるとは思っていなかったけどね」
「悪いな、冷凍したライスが結構余っててさ」
お行儀よく子供たちが並んだカウンター席にはそれぞれお盆に乗せられて、味噌汁、ごはん、主菜 副菜 漬物とお手本のような和食が揃えられていた。
基本的に洋食屋だが個人営業の店は自由だ、それに日本人としてたまには和食を食べたい。
「どうせならおにーさんもこっちきて食べなヨー、味噌スープ美味しいヨ?」
「俺入ったら狭いだろ、良いから気にせず冷める前に食べろって」
一人厨房に籠って味噌汁を啜る、うんうん味噌の優しい味わいが胃に染みる。
焼きシャケもほっくり焼き上げられて塩味もいい具合だ、おひたしもよく浸っていて漬物も箸休めに心地いい。
空きっ腹を驚かさない様にしっかり噛みしめて胃の腑に落として行く、やはり暖かい飯は良いものだ。
「やっぱり見間違い……いやでも……なんで七篠さんが川に……」
「……詩織ちゃん?」
「は、はい! なんでもないです、ごはん美味しいです……!」
食事を摘まむ腕は順調なようだが、どうも彼女はさっきからこの調子だ。
何でもないと言われても、カウンター越しに睨みつける目は何ともないという感じではない気はする。
なんだろう、和食が気に入らなかったのだろうか。
「……詩織君、だったかな。 顔色が悪いね、寝不足かい?」
「へぁ……? は、はい……ちょっと、嫌な夢を見て……」
厨房からカウンター席を覗いてみると確かに詩織ちゃんの目の下には薄っすらとクマが刻まれている。
ハクと同じ……いや、ハクよりはずっとマシか、それでも顔色が悪いことに変わりはない。
「どしたのビブリオガール、体調悪いなら休んだ方がいいヨ?」
「ビブリオガールってなんですか、あなたは人に変なあだ名をつける癖をやめなさい」
「だ、大丈夫……です……元気、です……!」
「そうかい? いやなに、最近ちょっと悪夢にうなされる人が多いと聞いてね」
すると彼女……ドクターはテーブルに肘を突き、ちらりと2人の魔法少女へ目配せする。
それはつまり悪夢とやらが「魔物絡み」ということだろうか。
「……へー、ちなみに私は快眠だったケド? サムライガールはどう?」
「私もいつもより短い睡眠時間でしたが寝起きはすっきりでした、むんっ」
「ちなみにボクはちょっとばかし悪夢を見た、となれば寝不足は3名か」
自分と詩織ちゃんとドクター、この三人に何か共通点があるだろうか。
考えてみても分からない、彼女の話がなければただの偶然とも思えるような話だ。
「……ま、ちょっとした噂というだけだ。 あまり気にしないでくれ、病は気からとも言うしね」
「ソダネ、偶然かもネー。 ケドちょっと気になるから後でメールで教えてヨ?」
「……?」
傍から見るとドクターの語り口に何かを察したようなコルトとまるで察していないアオの反応が面白い。
だがコルトは良いとしてアオはそれでいいのか公式魔法少女。
2人の反応を見るに偶然ではない裏付けがされているのだろう、だとすれば放っておけるはずもない。
原因が魔物ならばちゃんと殺さなくちゃいけない。
「……おにいさん、怖い顔をしています。 何かありましたか?」
「いや、何にも? 茶碗が空のようだけどお代わりはいるか?」
「頂きます。 ……何かあれば、私に言ってくださいね」
「ああ、ありがとうよ」
適当な返事を返しながら、アオから受け取った器にたっぷりの米を盛る。
横目で見ると詩織ちゃんが眼鏡を外して眠そうに眼をこすっていた、さっきは大丈夫だといったがかなり眠いようだ。
……スマホの中にハクはまだ戻っていない、あいつも寝不足だったが大丈夫だろうか?
その時、誰かの携帯が着信音を鳴らした。
「失礼……もしもし、ボクだ。 縁かい? いったいどうしt……ハッキング? ああ、確かに機械も診る事は出来るが……おーい、ちょっと? ……切れた」
一方的な通話だったようで終話後の彼女の額にはシワが寄っている。
そして溜息を一つこぼして、残りの味噌汁を飲み干すと席を立った。
「すまない、少し急用ができた。 お代はここに……」
「いや、金をとるほどのもんじゃないよ。 良いから御馳走になって行けって」
「そういう訳にはいかない、とても美味しかった。 次は洋食が食べてみたいところだけどね」
テーブルに諭吉を一人置き去りにしてドクターは立ち去る。
……いや、流石にこれは払いすぎだろ。
「お、お金持ち……だね……」
「……アオ、悪いけど今度会ったら釣り銭返しといてもらえるか?」
「えー、折角なんだから貰っとけばいいのにナー」
「そういう訳にはいきませんよ。 分かりました、お釣りは預かっておきます」
高級ランチでもあるまいしこんなもの受け取れるか。
そういえば次は洋食とか言っていたな、また来る気か。 まいったな……
……まあ、その時のために腕は鈍らせないようにしておくか。
――――――――…………
――――……
――…
《ゲーマチェンジャー・X!!》
「……まったく、人が久々に健康的な朝食を楽しんでいたというのに」
青白い光に照らされたサーバールームにドットの浸食が走る。
春先だというのに冷房が効きすぎだ、魔法少女体にならないと寒くて仕方ない。
「ごめんってばぁ! でもうちのサイバー班じゃ全然捕まらなくて……」
「それでボクだよりって訳か、言っておくが本分じゃないからあまり期待してもらっても困るぞ……」
壊れた機械を直してくれというならともかくサイバー犯罪の後を追えとなるとお門違いだ、一応最善は尽くすがまず無理だろう。
「……どこかUSBを挿し込む場所はあるかい? できればそれが一番手っ取り早いのだけど」
「特別にサーバーと接続したラップトップを用意したわ、これを使って」
準備が良いな、いつもこれぐらい段取りが良ければ助かるのだけど。
……言っても無駄か、諦めて目の前の作業に集中するために用意されたパソコンに聴診器のUSBプラグを挿し込む。
「ふむ、相手もかなり手馴れているな。 見事に痕跡が……いや、おかしいな」
「どうしたの、何か分かった?」
「こちらは魔法的な手段で辿っているんだぞ、だというのに痕跡がない、なさ過ぎる。 これじゃまるで……」
「……まるで?」
「いや、なんでもない。 忘れてくれ」
相手もネットに精通した魔法少女か、それとも元から電脳世界で生きているような――――
……いくらなんでもあり得ない仮定だな、確証も無しに話すようなものじゃない。
「……ちなみに例の集団悪夢だけど、曝露者と思われる人間を街中でさらに確認した。 規模は広がる一方だね」
「そっかぁ、うーん……やっぱり魔物絡みよね、これ」
「恐らくはね、ただ敵の正体が掴めない……こちらも同じくね」
接続したノートパソコンから流れてくる情報をゲーマチェンジャーで読み取って行くがハッカーとやらの痕跡1つ掴めない。
やはり無理か、というよりこの犯人は重要な機密情報に欠片も触れていない。
大きな出来事を起こしたわけでもないので痕跡も小さい、縁の話がなければセキュリティの誤報じゃないかとも思えてしまうほどに。
「……なら、この犯人は何をやらかしたんだ?」
「それが分からないの、ゴミ箱に纏められるようなどうでも良い情報は漁っていたようなんだけど」
「ふむ、どれもこれも盗まれて困るようなものじゃないな」
白紙のExcelファイル、飲み会の参加記録、月1で発行される月報、果ては誰かが個人的に作成したポエムのテキストファイル……ゲーマチェンジャーに表示されたリストを捲っていくが犯人のお眼鏡にかなうほどの大層なものはない。
ただ腕のいいハッカーの迷惑な悪戯か。 そう思い掛けた時、画面に空白のデータが表示された。
「……待て、何らかのデータが引っこ抜かれているぞ。 これはなんだ?」
「んー……? ちょっと分からないわね、大分破損した情報のようだけど」
「任せろ、直すならこちらの領分だ」
≪プロト・アクション・リペアー!!≫
修復用の特殊カートリッジをゲーマチェンジャーへ挿入し、抜かれたデータの再現・修復を試みる。
かなり酷い有様だ、それでも文字化け混じりに再生されたそのテキストデータには見覚えのある名前が刻まれていた。
「…………七篠、月夜?」
物珍しさから覚えていたその名字が、自然と口から漏れた。




