回診のヴァイオハザード ③
「……そう、葵と同じ症状ね」
緑色の斑点について聞かせられた優子さんは思ったより落ち着いた様子だった。
その顔は変わらず青白い、むしろ段々と悪化しているような気さえする。
思えばこれも花粉による症状だったのだろう、馬鹿が、なぜもっと早く気付かなかった。
「その斑点は時間経過とともに段々と大きくなります、そのうち表皮の殆どを覆うようになり……」
「小難しい話は良いわ、結果はどうなるの?」
「……おそらくショック状態を起こして死亡、その後は魔物と同じく花粉をまき散らす媒体になる」
「そんなの死んでもごめんね」
言葉を選んだ縁さんの話を引き継き、ヴァイオレットが無慈悲に簡潔な結果だけを述べた。
それは明快な死の宣告、聞いた優子さんは心底いやそうに眉をひそめて見せた。
「やはり時間は無いな、ドクターズがマニュアルをまとめた。 後の対応はこの通りに進めてくれ、ボクは行くぞ」
「あっ、ままままってドクター!」
縁さんの制止を振り切ってヴァイオレットは自動扉を抜けて外に出る。
……院内の混沌にばかり目を向けていたが、外を見れば空は薄っすら黄色に染まっている。
まさかあれが全部花粉だってのか? だとすれば被害は相当な範囲に広がっている。
《そのまさかであっていると思いますよ、何となく外の空気から嫌な気配をビンビンに感じます》
答え合わせはハクが行ってくれた。
だとすればただ事ではない、こんなものを吸い込み続けていたら遅かれ早かれお陀仏だ。
今までの最大の被害範囲だ、俺たちも行かなければ……
「優子さん、すみません。 俺ちょっと店の様子を」
「アンタもここにいなさい」
「でも……」
「いいからっ!!」
――――珍しく優子さんが声を荒げる。
とても病人の気迫とは思えない、一体何が彼女をそこまで……
「こんなときに店とか、どうでもいいのよ……馬鹿じゃないの! 葵に続いて、あなたまで失ったら……っ」
いつも見せるものとは違う、気弱で泣きそうな顔。
それは本当に俺を心配した顔だ、だけど、だからこそ……
「……ごめん、優子さん。 それでも行かなきゃ、すぐ戻るから安静にして待ってて」
「あんた、一体何を……っ」
突然ふらりと優子さんがよろめく、咄嗟に支えた体は酷く熱い。
いけない、症状が悪化している。 早く何処かに寝かせないと……
「縁さん、この人を頼みます。 言っても聞かないと思うのでベッドに縛り付けておいてください」
「へっ!? ちょ、ちょちょちょ陽彩君!? 待って、私を一人にしないでぇ!!」
ごめんなさい、全部終わったら良いとこの菓子折りでも買って渡そう、とにかく今は魔物が先だ。
病院の自動扉を抜けると、黄色く染まった視界いっぱいには防毒マスクを身に着けた職員と顔色の悪い患者たちが行きかっている。
「ここじゃ変身は出来ねえな……」
《ですね、適当な路地裏を探しましょう。 監視カメラにも気を付けてくださいね》
近くに丁度いい死角がないか探すと、ひょっこり見知った顔を見つけてしまった。
職員に担架で運ばれる少女と、心配そうにそれを追いかける筋肉質の男、あれは……
「男島のおっさん!」
「ん……? ひー君! まさかあなたも!?」
「あなたもって……その様子だとそっちもやられたのか?」
「……詩織ちゃんが、朝からずっと苦しそうで……私もうどうしたらいいのか分からなくて、う゛お゛お゛ぉおおん!!」
「そうか……くそっ、最っ悪だ!」
次々と花粉の餌食となる人間が増えていく、事態はまさに生物災害だ。
西の山を見て見れば確かに山に掛かる黄色みは街のものより濃い、ヴァイオレットが言った通り発生源はあの山だろう。
「ちょっとひー君、こんな中でどこに行く気?」
「悪い、ちょっと野暮用がある。 おっさんは病院の中に入ってな」
「待ちなさい! 一体どこに……」
「この騒ぎを終わらせにだよ!」
山へ向かって走り出す、病院を抜け出した瞬間に吸い込んだ空気が喉を焼く。
止めるおっさんの手を振り切って駆け込んだ路地裏でハクの入ったスマホを構える。
「いくぞ、ハク!」
《ええ、いつでもどうぞ!》
≪――Are You "LADY"!?≫
「変身ッ!!」
いつもの黒炎に包まれ、視界が晴れるともはや慣れた視点の低さだ。
変身しても眼が痛い、涙が滲んでくる、喉が焼ける。 本当にこれは花粉なのか?
《マスター、マフラーで口元隠してください。 気休めですが多少マシになりますよ》
「ケホッ、サンキューハク……」
言われた通り口を覆うようにマフラーを巻くと少しばかり喉は楽になった気がした。
滲む視界で懐のカラス羽を取り出し、山へ向けて飛び立つ。 先行したヴァイオレットはどこまで行ったのだろうか?
《マスター、当然ですがこの花粉の影響はあなたも受けますからね、引き返すなら今の内ですよ》
「冗談、今更引くわけにいくかよ」
《……さいですか》
涙で滲む不明瞭な視界でおっかなびっくり空を飛ぶ。
真下に広がる街の景色は人っ子一人いない、空虚な箱と化した街はまるで廃墟のようだ。
魔物へ近づいて行けばこの花粉もより濃くなる、ブルームスターの姿でも長くは持たないだろう。
……時間がない、アオ達にとっても、俺にとっても。
《せめて雨でも降ってくれれば花粉も飛びようがないんですけどねー……》
「……雨か」
相手は山中、ニワトリの時のように消火栓を使う真似は出来ない。
だが花粉を洗い流す水というのは確かに有効だ、代わりになるようなものがないかと地上を見下ろしてみると……丁度良さそうなものがすぐに見つかった。
――――――――…………
――――……
――…
目的の山に着陸し、羽を仕舞う。 あとは花粉の発生源を見つけて叩くだけだ。
しかし濁る視界と生い茂る木々が邪魔をし、上空からの捜索は難しい、なのでここから先の探索は徒歩になる。
「ヴァイオレットは……まだ来ていないのか?」
《もしくは別の場所を探しているのかもしれませんね、この山も結構広いですから》
ならいい、目的が同じならそのうちカチ合うだろう。
もしくは先に見つけて倒してしまうか、最善はそれだ。 アオ達もいつまで持つか分からない。
「というわけでハク、魔物の位置は探せるか」
《うーん、さっきから探しているんですけどね。 花粉に紛れてどうも位置が掴めないんですよ》
「本当厄介だなこの花粉……仕方ない、継続して探してくれ、俺も足で探してみ―――」
≪―――アイム・クラフター!!≫
電子音の雄叫びと共に一瞬だけ地面を格子状のマス目が奔る。
これはまさ……
「―――データベースの情報と一致する、君がブルームスターか」
「……よう、洒落た登場の仕方だな、ヴァイオレット」
ドット状に分解された草木をかき分け、片手にゲーム機を構えたヴァイオレットが現れる。
その足元にはヘルメットを被った小人が1人、先ほどの医者たちとはまた別なゲームのようだ。
「何故ボクの魔法少女名を知っているのかは保留しよう、君の目的も魔物の討伐か?」
「そうそう、ここはひとつ協力して」
「断る」
むげなくこちらの申し出を断ると、彼女は手元のゲーム機を無造作に操作する。
すると操作に呼応するように小人が動き出し、一瞬で目の前に正方形の巨大な石壁を作り出した。
「っと、なんだこれ?」
「アイム・クラフターはブロック状のアイテムを自由に配置することで建築や自給自足の生活を楽しむオープンワールド型のゲームだ。 こういう風にね」
息つく暇もない速度で四方を壁に取り囲まれ、最後にガラスの様なブロックで天井に蓋をされる。
箒で叩いてみてもビクともしない、魔力を纏った壁は材質以上に堅い。
「暫くその中で大人しくしていたまえ、魔物を倒したらそのまま魔法局まで同行してもらうよ」
「ちょっと待て! 今そんな事言ってられる状況かよ、仲間がピンチなんだろ!?」
「悪いがこちらにも政府の魔法少女としてのプライドがある、何度も野良の力を借りるわけにはいかないのさ」
そういうと彼女はまたゲーム機を操作する、同時に足元が細かい振動を始めた。
「クソッ、今度は一体何を……!」
「……? いや、ボクはまだなにもしていないが?」
「はっ? だったらこの振動はなんだ?」
《――――マスター、敵の場所が分かりました!》
間が悪いところにハクが割り込んできた、魔物が見つかったのは良いが今はそれどころじゃない。
先にこの壁をぶち破るための大技を頼もうと口を開きかけた時、
《逃げてください! 敵は足元です、この山全体が魔物なんですよ!!》
ハクの叫びに合わせる様に、足元から四方の壁を叩き壊して勢いよくツタが伸びてきた。




