マジックタイム・ショータイム ⑥
「そうですか、私が寝ている間にそんな事が」
「はぇー、怖いおじいさんですね……」
「グーだヨ、今度会ったらそいつグーだヨおにーさん」
昼下がりの店内でアオ、コルト、縁さんの三人が茶菓子に手を付けながら姦しい会話を弾ませている。
店の表には貸切りの札が掛かっている状態だ、窓の外には通行人に扮した護衛の姿もある。
しかし作戦会議というには何というかあまりに雰囲気が緩い。
「……縁さん、俺は別に良いけどここまで面倒な警備を張るなら場所変えた方が良いんじゃないんですか?」
「葵ちゃん達だけならそれでもいいけどね、今回は陽彩君にも話を聞きたいからこちらから出向いたの。 慣れた場所の方が彼女達も気が楽でしょうしね」
「ンフー♪ 粋な心遣いだネ、良きに計らエー」
「何様ですか貴女は、まったく……」
「オホンッ、閑話はここまでにしておきましょう。 目下の問題はクラゲです」
放っておけばどこまでも脱線しそうな話を縁さんが無理矢理修正する。
それに合わせて魔法少女2人の顔からは年相応の愛らしさが消え去り、仕事人のものに変わった。
「透明になるクラゲ、だっケ? 見えなくても関係ないヨ、圧倒的弾幕で……」
「ダメです、コルトちゃんは今回待機命令」
「……What's!?」
自信満々に胸を叩いてみせるコルトだがその気勢は縁さんによって削り取られた。
ダメか、下手な鉄砲かずうちゃ当たるってのは俺も考えた手段だったが。
「魔石もタダじゃないの、まだ前回から在庫があまり回復していません。 それに数人がかりの戦闘になると誤射の危険も高まります、今回は待機と局長からの命令です」
「ハァーン!? あのハゲ、余計な真似をしてくれたもんだヨ!」
「納得できない? ではこちらアメリカ出張中に流れ弾で破壊されたものの被害総額でーす♪」
「局長の言う事も一理あるよネ、正しい判断だと思うヨ、うんうん」
「額が洒落にならんわけですよ」
「あいむそーりぃー……」
流石縁さん、書類一枚であのじゃじゃ馬コルトを黙らせた。
ただちらっと見えた書面にはドルマークの横に数字がたくさん書かれていたけど見間違いだろうか。
「縁さん、一つ考えたのですが見えない相手ならペンキなどを被せて着色するというのはどうでしょう?」
「無理ね、これは目撃証言だけど件の魔物は大量の血を浴びても姿が見える事は無かったらしいわ。 恐らく透明ではなく魔法や分泌液などの作用で見えなくなっているだけだと思うの」
「っ……」
アオの表情が一層険しくなる。
“大量の血”……そんなものを浴びるような状況というのはつまりはそういうことだ。
「奇蹟的に死者は出ていないけど四肢の骨折・欠損等の報告は10件を超えているわ。 それにラピリスは飛行手段を持たない、たとえ姿が見えても状況の不利には変わりはありません」
「ですが私には“殺過傷”があります!」
「それも一撃だけ、外した際のリスクを考えれば避けるべき手段です。 魔法少女ダークネスしりゅ……シルヴァリアとの協力は必須と考えています」
「ですが……彼女は、野良の魔法少女です」
「重々承知ですとも、局長の許可は無理矢理もぎ取りました。 これを機にしゅりゅばリアさんが公式に魔法局へ登録してくれれば最良なんですけどねぇー……」
難しい話だろう、素直に首輪をつけられるなら野良なんてやっていない。
譲れない一線があるからこそ野良なのだ、俺は縁さんにそっと噛んだ舌を冷やすため冷たい飲み物を差し出した。
「ありがとうごひゃいましゅ……」
「縁さん、呼びにくいならシルヴァで良いですよ。 本人から許可貰っているんで」
「ひゃい……改めて、何度も言いますが今回の作戦にシルヴァさんの協力は不可欠です。 飛行能力の補助・明度操作により敵の可視化は現状彼女にしか行えない」
縁さんの話をアオは黙って聞いている、本人だってそんな事は分かっているんだ。
ただ理解はしても納得は出来ていない、あれはそういう顔だ。
「私は参加できないけどサー、あとは頼んだよ二人とも」
不貞腐れたように吐き捨てるコルトのそれは一見アオと縁さんに向けられたものだ。
だがコルトの目は確かに俺とアオに向けられたものだった。
「……言われずともわかってますよ加名守コルト、私は私のやるべきことをやるだけです」
「ならいいサ、くれぐれも味方に斬りかかるような真似は……」
―――コルトの言葉を遮るように、縁さんの胸ポケットに収まった携帯がけたたましいアラームを鳴らす。
「はい、桂樹です。 はい……はい……なんですって!?」
「へー、ユカリの苗字ってカツラギっていうんだネ」
「うん、そうなの……って違う違う! 二人とも大変よ、見えない触手が街中に現れたって!」
「Why!? 日中から出てくるなんて聞いてないヨ!?」
「文句は後です! 縁さん、場所は!?」
弾かれるようにして三人が店を出て、表に停められた車へと乗り込んでいった。
……クラゲが現れた? いや、おかしい話じゃない。 奴が夜行性だなんて証拠はどこにもなかったんだ。
《……どうしますマスター、我々も追いかけますか?》
「それもそうだが……クラゲの場所は分かるか?」
《掲示板の目撃証言を照らし合わせれば可能ですね、少し時間かかりますが》
「分かった、それなら先にやる事がある。 電話帳開いてくれ」
ブルームスターとしての仕事はまず後回しだ、今回のキーパーソンがまだ居ない。
なので俺は電話帳の中から、昨日シルヴァから渡された連絡先へダイヤルを回した。
――――――――…………
――――……
――…
携帯が震える、音が鳴らないバイブ音だけの着信。 これは「私」宛てじゃない、「我」への着信だ。
着信画面にはブルームスターの文字が映る、慌てて本に挟んだ羽ペンを引き抜き、「我」へと代わる。
「――――くくく、何用かなほうき星の姫よ?」
『ようシルヴァ。 悪い知らせだ、昨日のクラゲがまた現れた』
「……なに?」
電話越しでも分かるほど愛らしい高音で紡がれたブルームスターの声で聞かせられたのは寝耳に水な報告だった。
あのクラゲの活動時間は夕方からのはずだ、なぜ今日になって……
……いや、思えば昨日も平均より早い出現だった。 交戦したことによって奴の中で決められたルーチンに狂いが生じたのかもしれない。
「……場所は何処だ?」
『待て、一度合流しよう。 以前狛犬騒ぎが起きた交差点でどうだ?』
「分かった、疾風より迅く向かおう」
それは奇しくも昨日赴いたばかりの場所だ、空路を使えば5分と掛からない。
……そういえば、あの時に迷惑を掛けた彼は無事だろうか。 一度「我」として面と向かって謝りたい。
『あー……それとな、ひとつ厄介なことがある』
「ほぅ、更なる障害とな……それは一体?」
『お前の身柄が魔法局に狙われている可能性が高い』
「なにそれ我怖い」
ブルームスターの口より伝えられたのは魔法局がクラゲへの有効な攻撃手段を持たぬこと、そして昼間から行動するクラゲを目視するには我の術が必要であること。
あくまで「協力」という形ではあるが、確かにそれは戦闘さえ終わってしまえばそのまま捕縛されかねない危険性が高い。
『―――というわけだ、捕まるのが嫌なら参戦しない自由が君にはある』
「愚問だなブルームスター、我は行くぞ」
『……なあ、シルヴァ。 なんで君は野良なんてやってるんだ? 魔物と戦うのが怖いって感じには見えない、理由は何だ?』
ブルームスターに問われる。 野良で在る理由、今だ野良でいる理由。
そうか、その理由をよりにもよって貴女が問うか。
「……確かに我は強いとも、魔物など有象無象の塵芥同然。 しかしな、「私」は弱いのだよブルームスター」
『……? どういう……』
「変身しない時の「私」は臆病なのだ、戦いなど恐ろしくて仕方ない……正式に戦う使命など負ってしまえば潰れてしまうほどにな」
だから「私」は理想の「我」を作った。
強く、格好良く、誰にも負けない理想のアウトローヒーローを。
それでもまだ震える心を、いつの日だったかテレビに映ったモノクロのほうき星が止めてくれた。
「貴公という仲間ができたから、我はまた戦場に立てるのだよ、ブルームスター」
『…………』
「昨日と同じ交差点だな? 待っていろブルームスター、我が盟友よ。 5分と掛からず駆け付けてくれるわ!」
最後に高笑いを上げ、一方的に通話を切る。
玄関の方から足音が聞こえてくる、両親はまだ帰ってこないはずだ。 だとすればまたあの人だろう。
素早く変身を解き、「私」へと代わる。
「――――詩織ちゃん、お部屋にいるのん?」
「……うん、いるよ。 おじさん」
「私」は隠すように、手の中の羽ペンをぎゅっと握りしめた。




