9.テネリタス領の異変
私がニヤニヤしているのがわかってか、ルーカスは咳払いをしてキリっと真面目な表情になる。
「セラ、俺は明後日から領地に帰ることになった」
「えっ!?」
ずいぶんと急な話だ。
「手紙で連絡しようかとも思ったんだが、レナード様が会わせてくださるという話だったから。……実は、領地で魔物の数が急増していて、応援に行くんだ」
ルーカスの実家はテネリタス伯爵家。領地が王都の北西の方にある。フォルツァに隣接していた。
「魔物、そんなに多いの?」
「ここのところ急に、らしい。フォルツァからハドリー様も応援に駆けつけてくれるらしい」
「ハドリー兄様がいらっしゃるなら百人力ね」
だが、自分の口調と表情は一致しない。長兄が出向こうという話になるほどなのだ。
「……ごめんね、本当は私も行くべきだわ」
「いや、セラは王女の護衛という任務に就いているんだから、気にしないでくれ」
もとより、魔法を学び直したいと言い出してなかったら婚約者として、また、テネリタス伯爵たちの無事も確認したいから、絶対に行っていたはずだ。
「きっとそういう顔をするだろうから、黙って行こうかとも思ってたんだが、さすがにな」
「黙って行ってたら、私はもっと落ち込んだ」
「うん」
婚約者の窮地に自分が動けないことになるなんて、思いも寄らなかった。ハドリー兄様の強さにはまったく敵わないが、それでも私はテネリタス領を守るために働けたはずだ。
「また手紙を書くよ、セラフィーナ」
「そうね、待っているわ。あとお兄様にも全力でやってしまってと手紙を送っておく!」
「ハドリー様の全力は怖いなぁ」
王女の部屋の前まできたところで、ルーカスは去っていった。もう少し早く教えてくれていたら、無事を祈るよう何か渡せたかもしれない。うん、セラフィーナにそこを期待していないということか。でも、私たちの関係はなかなか良いものではあったと。
新しい私と、セラフィーナの感情がたまにこうやって混ざり合う。
この事実を告げたら、ルーカスはなんと思うのか。
ふぅと息を吐いて扉をノックする。扉を守り、脇に控えている兵士は私の顔を見知っているので止められることはなかった。扉が小さく開いて、テリーサが顔を覗かせる。
「あら、婚約者殿とのお話はもう終わったの?」
「はい。任務に戻ります」
「もっとゆっくりしてくればいいのに」
文句を言いながらも扉を開けてくれた。
中では第一王子と王女がお茶を楽しんでいた。
「あら、もう戻ってきたの? ルーカスと話をしていたんじゃなくて?」
「はい、終わりましたので任務に戻ります」
「こちらは十分なのに、セラは真面目ねえ」
「セラフィーナの婚約者は確か、テネリタスの者だったな」
第一王子、フェリックス殿下の問いに、私ははい、と短く答えた。
「彼の地は今急がしかろう」
「あら、何かあったの?」
心配そうな表情に私はどう答えていいか悩む。王女の耳に入れるべきことなのだろうか?
「魔物の数が少し多いらしくてね。彼も帰るのだろう?」
「はい。そう聞きました」
「魔物が? 怖いわね」
「ハドリー・フォルツァが出向くそうだからそれもすぐ収まる。辺境の大樹林から流れた魔物だろうし、フォルツァが恐ろしくてテネリタス領に逃げ込んだのではないか?」
ハハハと笑うフェリックス殿下に、私はどう反応していいかわからず、少し下を向いていた。
「そなたの婚約者の領地だから、フォルツァ領も心を砕いているのだろう。あの周辺の領地はどこも互いによい関係を築いているから大丈夫だよ。そなたの婚約者もすぐ戻ってくる」
確かに昔から、辺境の大樹林に出る魔物を狩り続けるフォルツァに、周囲の領地は言葉や身をもって感謝を表している。口だけじゃなく、天災や領地の不作の際には支え合う関係だ。
「それに引き換え南の領地は困ったものだ。足の引っ張り合いをして何になるのだ」
顎を手のひらで支えながら、フェリックス殿下はうんざりとした表情で嘆いた。
「魔晶石の回収は終わったと聞きましたが」
「ああ。終わった。ペディムント領はかなり大きな顔をし出したな。周囲の領地が不満げだ」
「グローリア様が楽しそうに話をしてらっしゃいました。最近はアランタ王国のアダレット様と仲が良さそうです」
先ほどルーカス兄様に頭の中に詰め込まれた名前が出てきてびくっとしてしまう。いきなりお勉強の成果が出ている。
グローリア・ペディムント伯爵令嬢はアランタ王国に接している、王都より南の方にある領地だ。そしてアダレット・ムーア公爵令嬢は、アランタ王国の中で今一番権力を振るう公爵家だった。王家に何人もの娘を送り込んでおり、絶対的な権力を振るっているという。王家すら逆らえないとまで言われている。
すぐ復習すると定着しやすい。
「ヴィクトリアはデルウィシュ王子と上手くやっていると聞いているから心配はしていないが、それでも彼女たちとの距離には気をつけなさい。ヴィクトリアだけではないよ、デルウィシュ王子と、彼女たちの距離も、だ」
「殿下はとても誠実な方ですよ」
ヴィクトリア王女の笑顔がまぶしい。
もともとあまり関わる方たちではないからと思っていた私を罵りたい。
食堂には私が護衛として剣を持たずに入る。これは、デルウィシュ王子の護衛も同じだ。王子の護衛はカノとチェリク。二人ともなかなかに鍛えている、戦士だった。だいたい交代で食堂に現れる。今日はチェリクが私の向かいに座る。イクターラバは黒髪が多いらしく、チェリクも真っ黒な短髪に、茶色の瞳。ルシール情報では私より二つ上だそうだ。
ヴィクトリア王女とデルウィシュ王子が仲良く今日の講義の話をしていると、こちらを目指して歩いてくる者が二人……いや、その後ろの三人も同じまとまり。私はフォークをそっと皿に置く。
「ごきげんよう、デルウィシュ様、ヴィクトリア様。ご一緒してもよろしいかしら?」
王女はデルウィシュ王子を見つめ、王子は軽く頷く。
「ああ、構わない」
となると、ご飯は終了。私とチェリクはトレイを持ってテーブルの端の席へ移動する。
兄様から聞いていた通りの容姿、グローリアは茶色がかった真っ直ぐな金髪に、青い瞳の気の強そうな顔立ち。アダレットはアランタに多い、栗色と緑色の瞳の組み合わせだ。
「なかなかお話しする機会がありませんので」
とアダレットがデルウィシュ王子の隣に座ろうとするが、デルウィシュは自分のトレイを持ち上げ、テーブルをくるりと回ってヴィクトリア王女の隣、つまり、先ほどまで私が座っていた場所に移動した。
私からは彼女たちの表情が見えて助かる。
『戦いが始まる』
訓練を積むと、特定の方向にしか聞こえない、囁きを届ける技法があるという話は聞いていた。チェリクの口元が少しだけ動く。
『栗色の髪は、以前王子に婚約の打診が来ている。見物だぞ』
私がチェリクを見返すと、彼は楽しそうにウィンクした。
ヴィクトリア王女が不愉快な思いをせずにすめばいいなと思うが、さてどうなるか。いつでも動けるようにしておかねばならぬということは食事も満足にできない。こんな場所で止めて欲しいものだ。
ブックマーク、評価、いいねをしていただけると嬉しいです。




