4.王女の婚約者
馬車まで戻るとまだ荷物を運んでいる途中だったので、私も持てるだけ持って王女の部屋に向かった。
今回の件はすでに魔鳩によって伝えられたそうだ。私が王家所有の馬を一頭ダメにしてしまったのは問題ないと言われたそうだ。
「皆に怪我がなくてよかったわ。セラフィーナはお疲れ様」
私は軽く頭を垂れる。
ドレスで来ていた王女だが、今は学園の制服を着てお茶を飲んでいた。グレイに青と白のチェック柄の膝下スカート。女子学生は黒いタイツを穿く。ジャケットはチャコールグレイ。リボンもスカートと同じ生地だ。
私も制服を着るべきか兄に相談した。やめなさいと、額を押さえて言われた。生徒に溶け込んだ方がいいのかなと思ったのだが。ただ、教室内に剣は持って入れない。私は基本剣なしで護衛をすることになりそうだ。
「まあ、セラフィーナは体術も得意だし行けるでしょう」
と、同僚のルシールに言われた。学生相手ならそれくらいは余裕だ。
「もうすぐ夕食のお時間でございます。セラフィーナが食堂内へ同伴します。わたくしたちは隣室でお食事をいただきます。セラフィーナ、お願いしますね」
「はい、お任せください」
学園の食堂はとても広く、種類も豊富だ。舌の肥えた高位貴族の令息令嬢がたくさんくるので、不満が出ないよう気を遣っているところの一つだと、以前誰かから聞いた。座学の補講を受けているときに、教師が嘆きながらそんな話をしていたのだ。なぜそんな方向に話が行ったのかは不明。
食堂の前でテリーサとルシールは去り、私は王女と一緒に食堂へ入った。
寮の部屋はそれは豪華で、私が生活していたものとはまったく違っていたのだが、ここは変わらない。懐かしい気持ちがこみ上げてくる。
「ヴィクトリア様、こちらで食べたいものを自分で選びます」
学園内で敬称は付けない。お互い様と呼び合うのが普通だ。まあ、王女は相手に様をつけることはほぼないが。
自分で食べるものをこのように選ぶことなどない王女は、それは楽しそうに、皿に溢れそうな勢いで選んでいる。
「そのくらいにしておいた方が……ここでは必要な分だけを取ります。皿に盛ったものは食べきるのが礼儀です」
「あらまあ」
自分の皿の惨状に王女は頬を染めた。なので私は自分の空の皿と取り替える。
「私はこのくらいぺろりと食べてしまいますので、もう一度選び直してください」
「ふふ、ありがとうセラフィーナ」
席も好きな場所を選んでいいというと、うろうろ悩んでいる様子。
「あちらの窓辺はいかがでしょう」
「そうね、そうするわ、何でも自由には、それはそれで難しいものね」
決められた生活を送ってきた王女にとっては何もかもが新鮮で初めての体験なのだろう。微笑ましくて自然と口元が緩む。
「相席しても構わないかな?」
明日の入学式の話をしていると、声が振ってきた。
気配でわかっていた。人数でだいたいを把握していたので予備動作ナシですぐさま立ち上がり一歩下がった。
「デルウィシュ様」
ヴィクトリア王女も立ち上がろうとするが、それは止められる。向かい合って座っていた私は皿を移動させた。彼らはそちらへ腰掛ける。
側近の一人が目で合図してきたので、私は一つ席を開けて座った。
「この後ご挨拶に伺おうと思っておりました」
「私も、この後お茶に誘おうと思っていたんだ。ちょうど姿を見つけることができてよかった」
デルウィシュ王子は事前に肖像画を見せられていた。少し癖のある黒髪に、緑色の瞳。彫りの深い顔立ちはあちらの特徴だ。さらに、彼には二人従者がついていた。
「これは、私の側近、アキンだ。そしてこちらの女性騎士はゾーイ。優秀な騎士だ。ヴィクトリアが私の国へ来るときにも護衛として申し分ない者を選んだ。もし迷惑でなかったら、学園に滞在するときから是非使ってやって欲しい」
突然の話に聞こえるが、事前に申し入れがあり、こちらもそれを了承している。女性は家庭があり、夫も職に就いていることがほとんどなので、なかなか国外へ着いていくことは難しい。ルシールも、王女が嫁ぐまでの護衛だった。
「お気遣いいただきありがとうございます。ゾーイ、よろしくね」
「誠心誠意務めさせていただきます」
栗色のショートヘアに薄茶の瞳。イクターラバ王国では女性も髪を短く切ることがあるという。
その後は旅の話や、これからの授業の話などをして、お茶は明日の入学式のあとにしようということになった。
ゾーイも一緒に部屋に戻る。彼女の部屋もすぐそばに作ってある。
高位の存在の間近にいることが多いのはなかなかに緊張することだが、それでも私はこれからの魔法を学ぶことに心躍らせていた。
剣を持ち込まなければよいと言われており、私はいそいそと、紙とペンと教本を持って教室に紛れ込む。最初は混入した異物にそわそわとした空気に包まれていたが、私が真面目に授業を受けつつ、王女の護衛として動くのを見ているうちに、誰も気にしなくなっていった。
若者は慣れるのが早い。
そして、この一ヶ月で私は本当に後悔していた。
学生の間、どこまでやる気がなかったのか……。
教本を予習として読んでいると、初めて見たというような内容がいくつも現れるのだ。しかし実際授業を受けてみれば、どちらかというとしっかり解説されたり、重要なところだと念押しされてるものが多かった。
私は……セラフィーナは、どこまで座学に興味がなかったのか。
いや、過去のセラフィーナは身体を鍛え上げることに専念していた。これからは代わりに勉強は嫌いでない私が努力すればいいこと。二人合わせれば素晴らしい結果を生み出すことができるだろう。
授業を受けながら、私は奮起した。
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