31.フォルツァにて
馬を、完全に乗り潰してしまった。可哀想なことをした。
途中替えてはいたのだが、最後の馬は交代する時間が惜しく、一気に駆け抜けた。
学園で、それでは行ってきますと走り出そうとした私を兄様が慌てて止めて、何やら部下たちに指示した後私とともに走って来たのだ。
「部隊は部下がまた連れてくる。セラがテネリタス領に突撃しそうで怖いからな。まずは自領に行くぞ」
と言われ、当然テネリタスに突っ込むつもりだった私は出鼻をくじかれた。それでも二人で必死に馬を飛ばしたのだ。フォルツァは北にある。その向こうが大樹林だ。樹林のおかげでフォルツァには雪が降らない。そう言われている。それでも気温は下がるし、魔物は餌を求めて南下してくる。
だが、必要以上には南下してこない。それはもしかして、樹林の奥に魔晶石が埋まっているからだったのか?
そんなことを考え、悪い予感を頭から追い出して進み、昼夜問わず飛ばして辿り着いたのだ。
フォルツァ辺境伯領の屋敷は北寄りにある。樹林に対して堅牢な壁を築き、壁の向こうへ狩りに出る。壁の内側に訓練場。いざとなれば屋敷に領民を受け入れることもできる。
今は隣り合うテネリタスの民たちが多く混じっているようだ。
人や荷馬車の行き来が激しくなり、仕方なく馬を下りた。
「あら、セラ様じゃないか」
「お久しぶりです」
「セラちゃん、まあ、綺麗になって」
「おばさまも元気そうでなによりです」
領地にいた頃は領地を駆け回っていた。狩りに採取に、頭を使うはずの時間を全部外での活動に当てていたのだ。おてんばだなんだと言いながらも、領地の人々はセラの世話を焼いてくれていた。
表情が明るいのはフォルツァの民だ。
反対に、暗く不安な様子で背を丸めて歩いている集団はテネリタスから逃げて来た民たちだった。
私とレナード兄様はその中を縫って歩き、途中顔見知りの兵士に馬を預けて天幕に向かった。天幕の中にはお父様とその側近たちが中央のテーブルに向かってなにやら議論を重ねていた。
「父上!」
「レナード! おお、セラフィーナ、我が最愛の娘、すっかり綺麗になって」
と、突進してくる父を躱す。これに付き合っているといつまで経っても終わらない。お父様の腕力はとてつもないのだ。それを抜け出す遊びをしだすので捕まらないのがまず一番。
兄はそんな私と父をさらに放置し盤面に向かう。
「戦況は?」
側近に尋ねるが、気を取り直した父がそれに応えた。
「ハドリーがテネリタスの東を北へ押しやるように攻め立てている間に、ルーカスがいた西側が魔物の襲撃にあったようなのだ」
隣接する領地であるフォルツァとテネリタス。フォルツァが樹林の南にあり、そのさらに南西に横に大きく広がるのがテネリタス領だ。北側の一部が樹林に接してもいる。その北側の接している一部から魔物が流れ込んできているとのことだった。長く石で積まれた壁が壊された。
ルーカスが領地に帰ったころは本当にその付近での戦闘が起こっていたとのことだ。
「壁を修理する暇もなく魔物が攻め寄せて来てな。フォルツァの警戒もしつつハドリーが中心となって北へ押しやるため東の魔物を押さえに出ていたのだが、数日前、突然魔物の量が増したのだ」
お父様が地図の一カ所にコマを置く。
「ルーカスが姿を消したのはどこでしょう……」
私のつぶやきに父はああ、と声を上げた。
「すまぬ、心配を掛けたままだったな。ルーカスはここの、砦で見つかった。いや、一報が入って、そなたにはすぐ伝えねばと、はやって心配を掛けてしまった。すまぬ。怪我はしているが命は無事だ」
ずっと腹の奥に抱えていた冷たいものが少しだけ解放される。
「すまないセラフィーナ、続報を飛ばすべきだった」
「いえ、移動していたので受け取れなかったでしょうし」
声が震えぬよう声量を抑えたのが、怒っているようにでも聞こえたのか、父様はおろおろと私と盤面を交互に見ていた。
「フォルツァでテネリタスの民を受け入れているのですね」
「そうだ。魔物の動きが読めん。どうもおかしい。普段なら押し返せばある程度で諦めて北へ戻るのだが」
唸る父に私は尋ねる。
「魔物の動きを教えてください」
これには側近の一人が答えた。
「北の魔物はルーカス様がいらっしゃる砦に向かっております。こちらの、我々の領地付近に出没したものはこちらへこう、川を渡ろうとしておりました」
川の先、ずっといったところには、やはりルーカスのいる砦。
「お父様、私もこちらの砦に参りたいと思います。多分そちらに、殴りつけねばならぬものがある……人払いをよろしいですか?」
魔晶石については研究者の間では周知されているが、レナード兄様すら知らなかったのだ。知っていてもお父様とごくごく一部の者だろう。
お父様が手を振ると、先ほど答えた昔からの側近であるビルワード以外は天幕を出ていく。
「どういうことだ」
私がこのようなことを求めるのが珍しいのだ。そんな権限はない。それを求めたからこそ、父はこうやって場を整えてくれた。
「実は、学園を魔物が襲いました」
父は厳つい顔をさらに険しくし、眉間にしわを寄せる。
「その原因は魔晶石を管理している倉庫の、魔晶石が入った箱の蓋を開けたままにしていたからです」
「どういうことだ?」
これでピンと来ていないと言うことは、やはり知らないのだ。
「私も今回初めて知らされたのですが、地表に現れた魔晶石には、魔物を呼び寄せる効果があるらしいのです」
お父様はもちろん、ビルワードも息をのむ。
「そしてこれが、魔晶石を研究していて、その研究が危ういものだったため追放された学者の引き起こしたことでした。その者は魔晶石を生み出す研究をしていたということです。この、魔物の流れを見るに……生み出す研究がこの砦でなされている可能性が高いです」
すべてはルーカスのいる砦に集まって来ている。
「……なんと、逃げ込んだ先に魔物がこぞって集まるというのか。レナード、お前もセラフィーナの言っていることに同意するのか?」
「はい。その話を一緒に聞いておりました。なんでも魔晶石に核があるらしく、それを地中に埋めればまた魔晶石が育つと。先日ペディムントで見つかった魔晶石。それが発見される時も魔物が大量に発生しておりました。我々が見つけられるほどに地表に近くなると魔物が反応するのかと」
レナードの言葉にお父様は頷いた。
「わかった。我が軍もそちらに向かわせよう」
「陸路では間に合わないかもしれません」
「わかった。飛龍部隊を向かわせよう」
「はい、落としてもらえれば後はなんとかします」
「セラフィーナ、さすがにそれは無茶だ」
兄の言葉に私は首を振る。
「身体強化とウィンドディヴィジョンでいけます。私、魔法を使いこなせるようになったのですよ、お父様」
にっこり笑って見せると、お父様も応じるように笑った。
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