3.王女の入学
第三王女ヴィクトリア様は、王族の紫の瞳を持つ、それはそれは美しい方だ。御年十三歳。この秋より王立学園へ入学される。
柔らかなプラチナブロンド。ふっくらとした愛らしい唇。ほんのり色づく薄紅の頬。
なんとも可愛らしい女性だった。
「ねえセラフィーナ、学園はどんなところなの?」
本日五回目の質問に、私は微笑んで答える。
「ヴィクトリア様の学生生活が楽しいものになることをお祈りします」
これは、座学が大変だった話や、実技ではいつも相手をのしていたことを素直に話したら、その後、影で、このように答えるのだと指導が入った。
「イクターラバ王国のデルウィシュ王子様もいらっしゃいますし、きっと楽しく忙しい日々でしょう」
とは、側近で側仕えのテリーサ。
普通の生徒は側仕えや側近を連れて行くことはできない。王族や貴賓の許されたごく少数の者のみだ。学園の警備は万全だとは言われているが、さすがに姫君一人で生活させるのは無理があった。
護衛は今馬車の外で馬に乗っているルシール。嫁ぎ先で二人の子をもうけ、その後復帰している。セラフィーナが辿ろうとしていた道だ。
どうしたって少ない優秀な女性騎士は重宝される。
馬車が止まって、扉が開かれた。
ああ、懐かしい、三年間過ごした学び舎だ。
「少し、緊張しております」
「大丈夫ですよ、姫様。真摯に学べば問題ありません。幸運なことに、過ごし方についてはつい最近まで滞在していた者がそばにいるのですから」
テリーサの言葉に私は笑って頷いた。
「お任せください、ヴィクトリア様」
抜け道とかもたくさん知ってる。求められているのはそこではないのだろうが。
馬車は学園内に乗り込むことを禁じられているので、ここからは徒歩で寮まで移動する。
制服があるとは言え、姫様の荷物は大量で、普通の学生がトランク一つで来るところを、二台目の馬車まで用意されていた。
王宮からやってきた従者たちがこれを今から運ぶのだ。
「これは、日が暮れてしまいますね……ルシール、私、運ぶのを手伝ってもいいかしら?」
「そうね、構わないわ」
明日はもう入学式だ。ほとんどの生徒が入寮済みだ。
姫様の到着を聞きつけた教師が慌てて門へやってくる。
「ヴィクトリア様、ようこそいらっしゃいました」
「三年間よろしくおねがいします」
齢十三で、おごった様子も見せない。まだほんの少しの間でしかないが、穏やかで人の話に耳を傾けることのできる方だと思う。
王女が歩き出し、私は荷物を受け取る。トランク、木箱、五つくらいを重ねてひょいと肩に乗せる。もしものために右手は空けておかなければならないから、まあこれくらいにしておこう。
「……そういえば、セラは力持ちだったわね」
「まあ、これくらいの量は普通ですよ。ヴィクトリア様の衣装や小物だから、それほどの重さでもありませんし」
と、そのとき、馬がいななく。
大人しく、留まっていたはずなのに、後ろ足で立ち上がり、御者が慌てて手綱を引くが、逆効果だ。
「危ない!」
「避けろ!!」
馬車が大きく弾む。御者があまりの衝撃に振り落とされたのを、私は右手で受け止め、くるりと衝撃を逃がして地面に転がした。
二頭立ての馬車。一頭が暴れればもう一頭も、いくらよく躾けられているといえども、同じように暴れ出す。馬車が大きく揺れた。
「逃げろ!」
「ルシール! 姫様を中へ!」
私は荷物を降ろして走り出す。剣を抜き、暴れ始めた馬を繋いでいる部分を切った。自由を得た馬は、そのまま駆けだそうとする。
だが、私はすぐさまその懐に入り込み、腹に一発入れる。ずんとした手応え。
馬は一瞬止まり、そして、倒れた。
辺りがしんと静まりかえる。
もう一頭は感化されただけなので、すでに落ち着いている。
私は、目の前に倒れた馬を見た。緊急事態とは言え、可哀想なことをした。倒れた馬は廃棄される。だが、このままでは被害が大きくなりそうだった。
王女の身に何かあってはいけないのだ。
「セラフィーナ!」
私を呼ぶ声に振り返れば、剣技の先生だ。まだ一年経ったくらいなのに、なんとも懐かしい。
「グレイドル先生!」
たしか三十くらいだが、毎日身体を動かしているからか、若々しい。実技ではよく相手をしてもらった。
「その馬はもうだめだろう? 学園内に運びなさい」
「王家の馬なのですが……」
「だが、倒れた馬を連れて帰るのは難儀だぞ」
それは確かにそうなのだ。
「代わりに馬車を引ける馬をお貸しするとか?」
「ああ、それならできるな。そうしよう」
私は先ほど助けた御者に振り返って言う。
「それでよろしいですか?」
御者の一存では決められないと困っていたが、事態が収拾したと、ヴィクトリア王女が帰ってきて許可を出した。
「セラフィーナのおかげで誰も怪我をせずに済んだわ。騎士ってすごいのね」
「姫様……すごいのはセラフィーナでございます」
テリーサが言う。
「セラフィーナ、運べ」
「はい。少し離れることをお許しください」
そう言って、私は馬の背を肩に担ぎ上げる。
「騎士ってすごいのね!」
「姫様、アレを私に期待しないでください」
ヴィクトリア王女の賞賛の言葉に、ルシールが即座に言い返していた。
「フォルツァでは、己の獲物は己で持って帰るまでが仕事ですので、兄は両肩にビッグボアを担ぎます。それではすぐに戻りますので」
この世界の人は力があるのだ。セラフィーナはさすがに両肩は無理で、いつも悔しい思いをしていた記憶が浮かび上がってくる。
私は軽く頭を振って、先を行くグレイドル先生の後を走って追いかけた。
馬は騎士の訓練場に運ぶのかと思いきや、馬房近くの開いている倉庫へ移動させられた。
「こちらで暴れた原因は調べておいてやろう」
「お手数をおかけします」
私が胸の前に手を当て敬礼すると、グレイドル先生は笑う。
「すっかり騎士様だなあ」
「もう一年になりますから」
「それが突然魔法を学びたいだと? 教師たちが何か裏があるんじゃないかとざわついてる」
それは申し訳ない。正真正銘魔法を学びに来たのだ。
「先日突然、目覚めました。魔法を学んでいないことがどれだけもったいないかと」
「そんな話だったなあ」
「王女様と授業に出るつもりです!」
「ん……魔法は誰か教師の下について学ぶものだが……」
「はい! そちらももちろんお願いします。一応適性のあった風からお願いする予定です。ただ、それだけじゃなく、この際座学全般学び直そうと思いました!」
セラフィーナの知識は、ところどころ抜けている。私から見ても、覚えていないところが多すぎるのだ。テストが終われば全部抜けていくタイプだ。
「あちこちのお偉いさんから圧がかかったと学園長が言っていた。お前の兄だな」
「レナード兄様は、今回、下準備をしてくださいました。それに応えるよう、私は頑張る所存です!」
「……特例中の特例が出た。勘ぐる者も多い。だがお前はあくまで姫君の護衛騎士という立場だ。売られた喧嘩、買うなよ。今の平和な世の中、辺境伯は侮られやすい」
そう、なのか。そんなことになっているとは思いもよらなかった。
「気をつけます。私はあくまで護衛騎士ですから」
改めて敬礼してその場を辞する。
グレイドル先生は後ろを向いたまま手を振った。
「また時間のあるときに相手をしてくれ」
「はい! ぜひ!!」
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