28.守るための力
カンデュース先生の研究室は……とても豪華だった。これは、教授と、専任講師のような格差か、家門の格差か。私にはそのあたりの情報がまったくなかった。
「……鍵はある。が、使われた形跡があるように……思える。引き出しへ入れたときはこちら向きだった気がする」
ブツブツとつぶやくカンデュース先生にマキナ先生が首を傾げた。
「でも、その引き出しには血の結界が張ってありますよね。誰も開けられないでしょう?」
それは、マキナ先生からの助けだったのだろう。だが、カンデュース先生は黙ったままだ。
「血の結界というのは?」
「血族しか開けられない鍵なのです。カンデュース先生の血族は……今は学園におりませんから」
「そうだな、息子は……もうここにはいない」
「息子?」
「ええ、とても優秀な魔晶石の研究家だったんですよ。少し、研究熱心すぎて学園でやっていくのが難しくなり、ここを去りましたが」
「あれの研究は危険だった。仕方ないことだ。この血の結界にあれは含めていない。もし学園に来てもこの引き出しは開けることがならなかっただろう」
血族であれば開く引き出し。
「魔晶石が今回の魔物の出現に関係あるのですよね? そして息子さんがその魔晶石で危険な研究をしようとして、学園を去った。これに間違いはないですか?」
「……ああ」
「息子さんは、それを不当だと思っていた。少なからず国を恨んでいた、そういったことは?」
「あっただろうな」
「その娘ならば、血の結界を突破できる?」
それまでは私の問いに肯定するだけだったカンデュースは眉をひそめる。
真っ直ぐこちらを見たままだ。何か後ろ暗いことがあればほんの少しでも、視線の方向が変わるだろうと凝視していた。それがなかった。
ああ、この人は本当に知らないのだ。
「娘だと? あれは独身のままだが……まあ、姿を消した後のことは知らぬが、その後というなら早くても三歳程度だろう」
「カンデュース先生の耳の形、とても特徴的ですよね」
私の話が突然方向を変え、先生たち二人とも怪訝な表情になる。
「カンデュース家の親戚に当たると思うのですが、私の部隊にロワルド・ケルマン様がいらっしゃいまして」
「あ、ああ。あれは妹の息子だな。しかし、あれも簡単に学園に入ることは……」
「はい、それは無理だと思いますが、耳が、同じような形でした。耳環をしているのをお見かけしてそのとき話したことがあるんです。カンデュースの血縁はみんな同じような耳の形をしていて、この環がとてもはめやすいんだと……マキナ先生、今日紅茶を淹れてくれた、研究室の彼女。あの子、たぶんカンデュース家の血縁です。庶民の出で家名はないとおっしゃっていました。カンデュース先生と同じ耳の形を持ち、そっくりな瞳を持っています」
思い当たるところがあったのだろう。マキナ先生が目を見開く。
「学生たちは皆寮に戻るよう言った」
「では寮へ行きましょう」
「女性の教師も一緒の方がいいな」
「会議室にフラーマ先生がいらっしゃいましたね」
私たちは早足で部屋を出る。
「娘が、娘がいただと?」
「わかりませんが、私にはとても近い血筋のように思えます」
彼女にカンデュース先生の面影があるのだ。
だが、そこで大きな音がした。その方向には寮がある。
私は全力で走った。
先生たちを待っている余裕はない。
廊下は走ってはいけません。
そんな標語が頭の中を駆け巡る。
長い廊下は、それはそれは走りやすかった。
標語を作って禁止をしなければならないというのもよくわかる。人は、こんな真っ直ぐな道があれば走り出したくなって当然だ。
階段を降りるのがもどかしくなり、前方の開いた窓へ身を躍らせる。外に飛び出したままくるりと転がり出た。今日はよく窓から飛び出す日だった。
寮の入り口は魔法の護りで閉ざされていた。だが、音は聞こえる。中から叫び声がする。かなりパニックが起こっている。
「セラフィーナ! 結界を解け!」
グレイドル先生の声が隣の建物の上からする。
だが、私はこの魔道具の解除方法を知らない。
「先生! 壊してもいいですか!?」
「許可する!」
よし、OKが出た。
魔道具は寮を囲むようにして置かれている。細い柱に緑色の球体が浮いているなんとも不思議な形だ。
魔法の護りはこれらによって作られている。だが、一つ壊れれば全部壊れる。
「筋力全開!」
お父様に、人相手にやるなと言われているすべての力と魔力を込めて繰り出す、全力のパンチだ。
かけ声とともに、重いその拳を、緑色の球体に繰り出す。もちろんあちらも必死だ。術者との戦い。
だが私はこれらの仕組みを知っている。相手が物理できたときは全力の魔力を注ぎ込み防御に徹し対抗するのだ。魔力できたときは魔力で。物理には物理、魔力には魔力で抵抗する。では、魔力と物理の時はどうなるか。
「ウィンドショット!」
別に指先から繰り出す必要はないのだ。
物理で殴りに行った、それこそ中指の第二関節からだって出せる。
バリンとあたりに音が響く。
出入り口に押し寄せていた生徒たちが外に溢れ出した。
「セラフィーナ様! 魔物が!!」
「寮の中に魔物が現れたのです」
「皆さんは教員のいるあちらの実習塔へ!! 道を開けて!」
しかしパニックになった生徒たちはただひたすら外を目指すだけだった。仕方ないのでジャンプする。一階から入れないのなら二階から。
あたりには煙が充満していた。これは魔法ではなく爆発物の匂いがする。
叫び声に混じって微かに獣のうなり声が聞こえた。そちらへと向かうと、デルウィシュ王子たちだった。
そばには、ハンナ。
そう、耳の形が似ている彼女だ。
「ウィンドディヴィジョン!」
まずは隔離。
「セラフィーナ!」
剣を抜くと、彼らに襲いかかっている狼の魔物へ向かう。
「ウィンドショット」
きちんと方角を考え、貫く。抜きすぎるから気をつけろと再三言われている。
残りは三匹だ。私一人で対峙していたら余裕なのだが、チェリクとアキンが倒れ、カノも負傷しているようだ。護りながらやらねばならぬ。
無理!
「ウィンドディヴィジョン!」
四人を魔法の防護壁で囲ってしまう。やはり風魔法は攻守ともに優秀だ。私は大変満足だった。学園に来た意味があった。攻撃は最大の防御とは言うが、時と場合によるのだ。
今まではその思考でなんとかやってきた。ただそれは、守りに回ってくれる信頼の置ける人たちがいたから。彼らがいたからこそ、私は攻撃にずっと集中することができた。
だが、それではいつまで経っても前しか見られない、成長ができない。もっと、もっと強くなり認めてもらうためには、全体を見る目を持つ必要がある。
大切な人たちを守るために、私は、私となったのだ。
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