26.赤目の魔物
手の内をさらした私がこの後やるのは牽制。応援が来るまで、相手をこの場に留めればこちらの勝ちだ。他国の要人も多数いる学園には騎士もいるし、なんなら王宮から騎士団が派遣されるだろう。
騎士団長クラスか、または兄様がくれば間違いなく勝てる。
先生がさらに殺気を放つ。側にいる私も震えるほどの殺気だ。
教師という立場にいながら、日々鍛錬をしているその年月の証だった。
五匹中二匹が倒れ、うち一匹は相変わらず奥の木の陰に隠れていた。
昼間の視力は弱いが、知力が高く筋力もある。
知力が高いバーベラントがなぜ、このような昼間に学園を襲うのか?
確かに、ひと撫でで倒れるような者たちが多い。騎士ではない令嬢であれば簡単に四肢を裂くことができるだけの力がある。
「集中しろよ」
なぜ、なぜを突き詰めだした私に、グレイドル先生が声を掛ける。
そうだ、とにかく今はこれらを留めることが先決。そして、留めるとはいえど、始末してしまえるならそうするのがいい。
グレイドル先生の殺気の範囲内。二体のバーベラントはお互いの攻撃が届かない場所で距離を保っていた。膠着状態が長く続けば、こちらの勝ちが見えてくる。
しかし、心のどこかで焦りも感じていた。
グオオオと低くバーベラントが喉を鳴らす。
奥のバーベラントがさらに喉を鳴らした。
彼らの唱和が空気を震わせるのだ。
何かが起きている。それは何だと思ったところで私は慌てて魔法を展開する。
学園の敷地は広い。王城のある街への道が繋がっているのとは逆の北や西側は木々が生い茂り、森とまではいかないがそれなりに自然豊かな敷地が広がっている。
今いる西側でなく、北側にも森はあるのだ。
「先生……ここにいるこいつらだけだと思いますか?」
「……考えたくもねえ」
前言撤回。留める目的でなく、殲滅する。
ふぅっと長く息を吐き、腹に力を入れる。魔力を全身に広げ、身体強化を施す。バーベラントの筋力をくぐり抜けて、体に接するまで行かねば攻撃などできなかった。
そう、今までは。
「ウィンドショット!」
厄介なのが奥の一匹。あれをとにかく始末したい。
唸り出したのもあれからだった。
魔法を放った瞬間私が駆けだし、手前に剣を振るう。が、あちらの腕が風を切る音とともに迫ってきたのでそのまま腕に足をつき、思い切り蹴る。先生すみません。逃げ切ってください。
二匹をそこに置いてウィンドショットの先のバーベラントへ迫った。お仲間の腕力もついて、私はいままで味わったことのない勢いで飛んだのだ。
ウィンドショットは胴を狙ったのに腿のあたりをかすっただけだった。あの距離だと避けられてしまうのか。恐ろしい魔物だ。
木々に阻まれバーベラントの様子まで見ていなかったが、対面した私の血の気が引く。
よく見慣れた魔物だった。
魔物は、魔力に影響されるか何かでたまに変化する。私にとってよく知った姿をしていた。フォルツアの先の大樹林、その中でたまに見かける上位種、赤目だ。真っ赤な目がそこにあった。
赤目は知力も能力も、他の個体より格段に高い。ここで始末しなければ絶対に拙い。
目が合った瞬間、あちらはぐんと手を伸ばしてきた。
「ウィンドショット」
その手に向かって撃つ。
もちろんバーベラントはそれを避ける。私としてもそれは予定通りで、むしろ、ウィンドショットの勢いで思い切り蹴って飛んできたその軌道を変える目的でしかなかった。
直ぐ後ろの木に足をついてさらに蹴る。地面に着地したところをバーベラントの平手が飛んできた。避けたついでに左手で振るった大振りのナイフで指を飛ばす。
一本しかとれなかった。
グウウウウと低いうなり声を上げている。
痛みにも狼狽えない、獣らしからぬその所業に品がないとわかっていながらも舌打ちせずにはいられなかった。
だが、これではダメだ。
「ウィンドディヴィジョン」
己の前に出した風の壁。これは、私をも通さないモノ。それに足をついて蹴る。弾かれるように風を纏ってグレイドル先生の元に戻る。その道中、魔法を繰り出す。
「ウィンドショット!」
先生一人に二体任せるのはさすがに危ない。騎士が何人も取り囲んで狩るような魔物なのだから。
ウィンドショットは一匹の脇腹を貫通する。痛みに叫び唸るバーベラント。これが普通の反応だ。
迫ってきた私がまさか逃げると思っていなかったのか、あちらは動いていない。だが、ゆっくり迫ってきていた。
ウィンドショットの痛みで仲間を巻き込んで暴れた一匹は、もうグレイドル先生によって首を刎ねられていた。
「先生、奥が赤目です」
「マジか……きつい」
そういった瞬間、もう一匹に剣を突き刺す。が、逃げられた。後ろに下がるバーベラント。そこへ私のウィンドショットが見舞う。
「精度がすごいな」
「練習しました」
この近さなら狙えるのだ。眉間の間を貫かれたバーベラントは大きな音を立てて倒れた。
あと一匹。
この場には一匹。
「どうするよ」
「先生、他を見に行ってくれませんか。魔法を使う先生方もいらっしゃいますが、バーベラント相手じゃ防戦するので限界かと」
「お前一人でやれるのか?」
「逃がさず、殺されずまでならなんとか」
その返事を聞くか聞かないかのうちに、グレイドル先生は剣を鞘に収めると走り出した。
私は剣を相手に構える。
指一本足りない赤目のバーベラントは荒い息とともにこちらへゆっくり迫ってくる。が、突然何かに弾かれたように後ろへ飛び退ると、森の中へと走って行った。
「待てっ!!!」
追いかけるが大きな音と魔力のぶつかりが背後でして思わず振り返る。
そして、赤目で力を増したバーベラントはその隙にさらに奥へと走り去ってしまった。
深追いするには距離ができてしまい、逡巡するが音の方へ向かうことにした。学園の外へ向かったものより、今学園で起きている方に向かう。
一番逃がしてはいけない一匹を逃がした。
その後悔が胸を占める。
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