17.新しい風魔法
完全に拒否されたアダレットは、その日は引き下がった。大きなテーブルで談話室の中で許される声の大きさで勉強とは真逆の会話に花を咲かせていた。まあ、この部屋はあくまで共通談話室。勉強をするためだけの場所ではない。
王子と王女は真面目に勉強をしている……ように見せかけておしゃべりに興じていた。二人とも、座学はほぼ完璧なのだ。
やっていることは同じで、ただ場の空気がまるで違った。
さらに次の日は私は放課後、風魔法の補講である。ウェント先生が新しい魔法陣を教えてくれる。魔法陣のレベルが少しずつ上がってきており、覚えるのもなかなかに難しくなってきている。
「よく描けている……が、さて、実際使ってみたら、君はこれにどのような変化をもたらすのか」
「毎度毎度何か変化があるわけではありませんよ?」
ウィンドカッターや、ウィンドディヴィジョン以外にも、色々と教えてもらっているが、やはり風は相性がよく、覚えたものが発動しやすかった。
何よりこの細かい魔法陣の模様を覚えるのがちょっと楽しい。模様の位置にそれぞれ意味があり、もちろん描いている文字にも意味がある。象形文字を組み合わせて何か新しい文字を作り上げる、そんなものだ。
元日本人である私は、この漢字のような仕組みがとても飲み込みやすかった。勉強をする、覚える、という行為に慣れていた私にとって、皆が手こずる魔法陣はそこまで難しい仕組みではなかったのだ。
何事もとっかかりは大切だ。
そして、やってみたい、好きだというポジティブな気持ちも後押しする。
とはいえ、魔法陣は完璧に描けてもそこからがどうなるか。魔力を扱う方が難しい。それは私にとっても、セラフィーナにとっても。
「この文字の意味は方向を確定します。だからこちら向きに書いてしまうと逆です」
「ああ、そうか」
補講は前半は教室で行われる。後半は実際魔法を使う。その日教えてもらったものや、過去のものを復習するのだ。魔法は使わねば、慣れねばならぬが、学園内でも魔法を使って良い場所は限られていた。
隣の席に座っていた男子学生が不安そうだったので教えると、何度も頷いて書き直していた。
私が、セラフィーナが人に教える立場になるとは。心の奥底がじんわりと暖かくなる。感動に震えている。
「今回の魔法陣はかなり複雑ですのでここで合格した者のみが今日の訓練で使うこと」
私の他に二人ほど合格をもらって、訓練場に移動する。
今日の風魔法はウィンドショットだ。カッターは切り裂くもの、ショットは貫くものだ。私のイメージとしては銃弾だった。
「セラフィーナ様のウィンドショットはどのようなものになるのでしょうね!」
「とても楽しみですわ」
学生たちがなにやら楽しみにしているので、私もきちんと魔法を発動できるよう努めたい。彼らのやる気は将来の国のやる気だ。
屋外訓練場だったのだが、今回もまたファイアーボールを試したときのように土壁が幾重にも重なっていた。さらに、土魔法の先生がいた。
「さあそれでは順番に。セラフィーナは少し待っていてくれ」
ウェント先生に言われて私は頷く。
あくまで学生が主体である。そこはもちろん心得ているつもりだ。
「皆様頑張ってください」
「はい、見ていてください、セラフィーナ様」
「わたくしはまだウィンドショットは描ききれておりませんので、ウィンドカッターの練習をいたします」
「セラフィーナ様、僕の魔法も是非見てください」
今日補講を受けているのは三十名ほどだ。最近私に見ていて欲しいと言われる。最初は不思議だったのだが、先日気がついた。かなり魔力が多いと反動も大きい。一番最初の魔法の授業で女子生徒が魔力の大きさに負けて倒れてしまった。ここに来ている者たちは魔法で身を立てようと思うものたちだ。もちろん魔力は大きい。
「後ろで支えられるように待機しておりますから、安心して打ってください」
私がそう宣言すると、皆がきゃっと笑顔になる。
やはり貴族としては無様に倒れる姿をさらすのは避けたいのだろう。私のような騎士志望者は毎日地べたに這いつくばるような訓練をするのだが、それは魔法使いには酷な話だ。
「ウィンドショット!」
真っ直ぐ飛んだ風の弾丸が先の標的をかする。
反動はと思ったが、彼女は踏みとどまった。他の生徒たちから拍手が起こり、先生たちも頷いている。
「素晴らしい魔法でした」
「でも、的を外してしまいましたわ」
「魔法を繰り出すことと、的に当てることはまた別の技術です。弓矢も何度も練習して思い通りの場所へ射ることができるようになるのですから、魔法もそれと同じでしょう」
私の言葉に先生がそうだと続けた。
「魔法使いも何度も練習してやっと思い通りの軌道を描くことができるのだ。弓矢のように風に影響されるということはないが、それでも限界がある。また別に、標的に必ず当てるようマークする魔法もあったりする。残念なことに風魔法ではないが、宮廷魔法使いになれば連携をすることもある。ゆえに、風魔法だけでなく他の魔法のことも知っておくのは大切だ」
ウェント先生の言葉に私も頷く。そうやって魔法の訓練を続ける中、土魔法の先生が何やら少し離れた場所にせっせと新しい土壁を作り出していた。ただ、壁と言うよりは丘がずっと続いているのだ。
私は学生の様子を見ながらも、そちらの様子を気にしていた。
「セラフィーナ、できたようだ」
ウェント先生に呼ばれる。
「さあ、これに向かって打ってみなさい。真っ直ぐ飛ばすように。そういったことは得意だろう?」
「これ……これですか?」
丘がずっと続いている。
そう、母が領地で焼いてくれたあれだ。パウンドケーキだ。長方形の形をしたそれがずっと続いているのだ。しかもなんだかつやつやと輝いている。
「硬化の魔法もかけた。ちょっとやそっとの威力じゃ貫けない」
「硬化の……あれは、普通の剣では太刀打ちできないものではありませんか?」
「フース先生が張り切ってくださったのだ。これで貫いてしまったあとその向こうで被害が出るようなことはないだろう」
「先生……」
なんという心遣い。これは思い切りやれということだ。
「ありがとうございます! 全力でいかせていただきます!」
少し離れた場所から、私は体が真っ直ぐになるよう構えた。
ショット、つまり銃。
意識せずに指の形が親指を立て、人差し指が真っ直ぐ硬化の土壁へ向かう。
「お、おい、セラフィーナ……みんな下がれ!!」
「スクローシス!!」
指の周りに風が渦巻く。いや、こんな大きくては威力が半減だ。これならウィンドカッターの方がましだ。もっと集まった風をぎゅっと凝縮して……貫くならばなるべく細く、小さい方が、抵抗が少ない。硬化した隙間を縫うような、そんなレーザーのような弾丸!
「ウィンドショット」
一般人が銃を初めて撃つと、その反動で体勢を崩すという。
私も、あまりの反動に、思わず身体強化を使った。
それでも、私の弾丸は真っ直ぐ進み、フース先生の作った硬い土のパウンドケーキの中を進んだようだ。
「クイックウォーク!」
ウェント先生が早足の魔法を掛け、硬いパウンドケーキの横を走って行く。
一番向こうまで行ったところでへなへなと座り込んだ。
私も同じようにパウンドケーキの反対側へと目をやる。さすがに貫くことはできなかったようだ。
「ダメでしたね」
「あんなもの貫いていたらどうなっていたか……あれは、見渡す限り魔物に囲まれたような時以外使うのは禁止だ!」
「ええっ!?」
「貫きすぎてその向こうに被害が出るだろうが!」
まさか、そんな。
「セラフィーナ、なぜ君の魔法はそこまで規模が拡大するのだ」
「……なぜでしょう?」
ただ普通に打っているだけなのだが。
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なぜでしょうね。




