11.可愛い嫌がらせと危険な嫌がらせ
飛んできたボールを掴んだら弾けた。握りつぶしてしまった。
「あ、あら」
その先にいるのは顔を真っ青にした女子学生。
「申し訳ございません。弁償に関してはまた後日で」
私は王女を抱きかかえるとそのままぴょいっと二階のベランダに飛び上がる。
「セラフィーナはこの高さも登れるのね」
「騎士はこのくらい普通ですよ?」
「そうなのね……ルシール、あなたも早くいらっしゃいな」
ゾーイはすでに横にいた。
ルシールは階下で頭を振っているが、かがんだかと思ったら軽々上がってくる。
「騎士はすごいのねえ」
「姫様、私は身体強化の魔道具を使っております。セラフィーナと一緒にはしないでください」
ルシールはいつも通り謙遜して言った。
二階のテラスは食堂に通じている。そのまま中へ入って寮へと戻った。
「最近はよく物が飛んでくるわねえ」
「ボールを投げていたのはペディムント領のご令嬢でしたね。グローリア嬢に命じられたのか……」
「まあ、あちらの方は問題ありません」
突然植木鉢が落ちてきたり、噴水の側を通ったら水が盛大に跳ね上がったり。
物が飛んでくれば対処するだけだ。
「水もセラフィーナが防いでくれたものね」
「ウィンドディヴィジョンです」
「違う、あれは風圧だ」
「えっ! きちんと魔法は発動しておりましたよ!」
「発動していたが、ウィンドディヴィジョンで水が逆方向に飛んで行くはずがないだろう。セラが発動と同時に手を振った。そのせいだ」
「風の魔法を出すと言う感覚が、こう、手をぶんと振った方がイメージがつかめるのです。ウェント先生も上手に出来ていると言ってくださいましたよ」
「初期魔法が中級魔法のようだと、ウェント先生が褒めてくださっていたわね」
「姫様……それは褒めているのではないかと」
私と王女はルシールの言葉に首を傾げる。
「私が本気で注意したら彼女たちのこの先が困るでしょう? ねえ、セラフィーナ、どうにかならないの?」
「ペディムント領の令息令嬢たちの所業なら、あのまま放置でも問題ないのですが……そうですね、少し護衛で相談しましょうか?」
「ではヴィクトリア様はお茶にしましょう」
テリーサが言って、私たちは前室に移動した。
「もう一つの方はどこが関わっているかわかったのか?」
「アダレット嬢の護衛たちに怪しい動きはありませんでした」
とはゾーイ。
「魔道具がいくつも見つかっておりますから、学生ではないと思いたいのですが……三学年あたりになるとわかりませんね。将来の話とともにもちかけられたということもあります」
「学園内の警備体制をもう少し強化すると、本日騎士団の方から連絡があった。適当な理由をつけて周囲の警備は増やす。だが、姫様の護衛はこのまま三人だ。授業中はセラフィーナにかかっている」
「おまかせください」
「セラフィーナの危険察知力はかなりのものですから。教師が関わっていなければいいのですが」
ゾーイが悩ましげに言った。
先日の食堂でのアダレットとのやりとりから、ちょっとした嫌がらせが始まった。
二人の仲を裂くことは難しそうだ。それならば、王女が王子に嫁ぐに値しない存在になってしまえばいい、とのことか。
ただ、思い切り隠すことなくやるほどの度胸はないらしく、ちょっとしたことが続いている。この程度は要人警護に慣れている私たちにかかればそれほど避けることは難しくない。
問題は、これに紛れて本気で大怪我を負うような事故が仕組まれていることだ。
後から調べたが、噴水の水には触れると皮膚が焼けただれるような薬が紛れていた。ごくごく少量だが、水が蒸発すると薬品の濃度が高くなり、炎症が起きる。噴水の場所から着替えるとして、王女の部屋まではそれなりにあったので、被っていたら部屋にたどり着く前に、間違いなく皮膚に触れた部分の水は蒸発し、症状が出ていた。
子どもの嫌がらせに紛れて、本気で王女に害をなす者が紛れているのだ。
「こちらが気付いていないとは思っていないだろうが、学生に不安を与えぬよう我々はいつも通りにという話だった」
「むしろ、彼女の嫌がらせから逃げるという名目で部屋に籠もっていればいいのでは? ヴィクトリア様には申し訳ないが」
そうだ、そうしようという話になった。
「セラフィーナは普段通り魔法の講座は受けた方がいいと思う」
ゾーイの言葉にルシールも頷く。
「姫様には軽い風邪を引いていただこう」
厳しい身元確認や叛意がないことを徹底的に調べ上げられているマキナ先生に、見つかった魔道具の解析を依頼していた。
質問がある体で研究室を訪れる。
「失礼します」
魔道具は学べば学ぶほど楽しいものだった。工作にも似ているし、数学にも似ている。化学ともいえる。それぞれの作用を考えながら、組み立てて、失敗したら原因を探して。はまるのもわかる分野だ。
「やあ、いらっしゃい」
学生が何人も机に向かって課題に挑戦していた。
三年生になると自分が考案した物を先生に見せて意見をもらっている。
「この間のセラフィーナさんの魔道具の話をしようか……ここは混んでいるからこちらへ」
と、先生の自室に促される。
扉が閉まると、すまないねと言われた。
「未婚の女性と二人きりは拙いと思うが、これを彼らに見せる方がもっと拙い」
「大丈夫です。調べてくださったんですね、ありがとうございます」
「結論から言うと……使われている魔晶石は国内の物だ。ペディムントで見つかったロットだ。ただ、組み立てられた魔道具の形式は国内の流行りのものではないんだ」
「つまり、魔晶石を隠し持ち、他国へ流している可能性があると?」
「残念ながら」
これはかなり大事になりそうだ。
グローリアは利用されているのだろうか。彼女の可愛らしい嫌がらせとの連携が過ぎる。しかしここで聞き取り調査をすれば、背後にいる者に逃げられる可能性がある。
うん、ルシールに任せよう。
ルシールに見つけてもらって私が殴る。これで解決だ。
「こちらの案件はここに私の所見をまとめておいた。王宮に提出するならばしてもらって構わない」
「先生の名前を出してよろしいのですか?」
「構わないよ。これでも貴族の後ろ盾は多い。みんな私の魔道具に惚れ込んでいるからね」
にこりと笑うマキナ先生。国内で一番新しい魔道具を開発している人だ。
「それで……先週君が提出してくれた、この新しい魔道具の考案なのだが……」
「はい! どうですか? ナックル!! 関節の保護も出来ますし、魔法を拳に乗せるのがもっと簡単になると思ったんです!!」
講座を受け、研究室に出入りするからには新しい魔道具を発案しようと思った。せっかくなのでおぼろげとはいえ前世の知識も利用したいと。
そうやって思いついたのが、セラフィーナの強さをもっともっと強調するものだった。
基本素手で殴るセラフィーナ。メリケンサックのようなものがあればもっと強くなれるだろう。さらに言えば、魔法と組み合わせたら。物理プラス魔法。ファイアーパンチの物理強化、魔法強化バージョンだ。
「普通の人が使ったら、拳が吹き飛んでしまう仕様だったね」
なんと……私は大丈夫そうだったんだが。
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