10.アランタ王国のアダレット
主に話しているのはアダレットだった。
しかも、方向はデルウィシュのみ。グローリアはアダレットを持ち上げる相づちしかしない。
「先日イクターラバの工芸品を見る機会がありまして。鮮やかな色の織物なのですが、模様が複雑でとても美しいものでした」
「ロンガス織りでしょうね。あの地方は色の発色が良いものが多い」
「本当に、あのオレンジ色はなかなか見ないものです」
「先日貴方にプレゼントした膝掛けもロンガス織りです」
「ああ、あの見事な……色味も素敵ですがとても暖かくて、ありがとうございます」
むっとするアダレット嬢。
「イクターラバにはヴァールアの滝という、圧倒される瀑布があると聞きました。是非一度見てみたいものです。ペディムントにも滝があるのですが、規模が違うと聞いておりますのよ」
「ヴァールアの滝はかなり険しい道のりを行かねばなりません。ですが、その厳しい行程の後に見る姿には、確かに圧倒されます。すぐ側の山からの雪解け水が多くなる時期が特に素晴らしいです。ヴィクトリアには是非見せたいと思っているのです」
「まあ、楽しみです」
むっとするアダレット嬢。
アダレットからのデルウィシュ王子、そしてヴィクトリア様へのパスの連携が、もうどうして諦めないという気持ちでいっぱいになる。
途中までうんうん頷いていたグローリアはすでに食事に集中していた。
お二人仲良いですからね。
チェリクは顔を背けて笑ってる。
気持ちはわかるが私のように耐えろと言いたい。
ふふふと微笑みながら、二人は見つめ合って微笑んだ。
アダレット嬢のフォークが曲がりそうだ。
次の話題を探しているのか、彼女は少し宙に視線をさまよわせ、そうそう、とグローリアに視線を留める。
「ペディムント領では最近魔晶石が発掘されたとか」
突然話が回ってきても、グローリアは貴族らしく優雅に応える。
「ええ。農地を開拓していたところ見つかりました。両手で抱えなければならないほどのかなり大きなものでした」
とても自慢げに微笑む。
「ザハトアール王国は魔晶石の宝庫ですものね、羨ましい限りです」
「おかげさまでまた新しい魔道具の開発に力を注げます」
ヴィクトリア王女の返答に、アダレットはそっと眉をひそめた。
「ですが、国内で見つかった魔晶石は問答無用で国が買い取るのでしょう?」
アダレットの言い草に、周囲の空気が固まった。
このテーブルの会話は、私たちだけでなく、もちろん周りの学生も、その動向に聞き耳を立てていたのだ。
「そのように国の法で決まっておりますので。なるべく平等に分配し、国全体を盛り上げていこうという方針の下、です」
「ですが、かなり安く買い叩かれるとお聞きしましたわ」
言い方に悪意がある。
「安く、ですか……」
「ええ。もしアランタならば、そのような安値で買い上げることなどしません。領地の物は領地の物ですから。せめて相手も満足いくだけの対価を支払いますわ」
私はそっと王女の顔を盗み見た。
魔晶石の値段は決まっている。それは、値を上げて魔道具を開発する、未来を作る者たちが困らぬようにだ。国で買い上げるのも、それを巡って理不尽な値段のつり上げがないように。国を挙げて魔道具作りの支援をしているからだった。
王女はどこかぼんやりとした表情で首を傾げる。
「細かい値段などについては存じ上げませんので、陛下にお伝えしておきますね? ペディムント領は国政について不満であるということでよろしいかしら」
茶を噴きそうになった。
チェリクはむせている。
周囲のテーブルでも咳払いが多く、動揺している者がいる。
「め、滅相もない!!」
グローリアも同様だった。
「あら、アダレット様はグローリアからその話を聞いたのではなくて?」
「違います!」
悲鳴のような否定の言葉に、アダレットも動揺している。ここで認められるはずがないのだ。国政に不満アリなどと、報告されてはたまらない。
「では、アダレット様はどなたからお聞きになったのかしら」
実際はグローリアからなのだろう。魔晶石に関する話は素早く広まる。
だが、こうなるとペディムント領からだとは言えなくなった。
「その、商人からです。噂として聞きました」
「まあそうなのですか。商人ならば仕方ないかもしれませんね。どうしても利益を生み出さねばなりませんもの。ただ、国は利益とはまた別の次元で動いているのです。この先の人々の暮らし、新しい魔道具、そういったものの開発研究に国が支援しなければなりませんから。金銭的な利益を掲げる商人の方々からすれば、魔晶石の扱いは不満かもしれませんね。ですが、こうやって国が取り仕切ることによって、ザハトアールは魔法や魔道具の研究開発で他の国の追従を許さぬよう発展してきているのです。ペディムント領の協力には陛下も感謝してらっしゃいますよ」
にっこりと笑う姿は、あの魔法を前に無邪気にしている姿とはまったく別のものだった。
「でもそうね、陛下にお話しして、もっとペディムント領に寄り添っていただけるよう、私からも助言しておきますね」
それに対してのグローリアは無言であった。これ以上口をきいて、何が余計なことになるかわからず、返答しあぐねていた。
「そろそろ行こうか、ヴィクトリア」
「はい、デルウィシュ様。それでは失礼いたしますね」
「ではまた」
二人に向かって挨拶をすると、王子と王女は席を立つ。デルウィシュがきちんとエスコートしてくれるので助かる。私とチェリクも後を追った。トレイはチェリクが私の分も素早い身のこなしで片付けてきてくれた。
食堂を出るとテリーサとルシールが待っている。王子の側近と護衛もだ。二人とも意味ありげな視線をこちらに向けてくるので、すでにやり合っていたことを知っているのだ。
「ヴァールアの滝は、本当に素晴らしいところだ。本当にヴィクトリアに見せてあげたいんだ」
「はい。楽しみにしております」
その様子に、テリーサからの鋭い視線も幾分か和らいだ。
しかし、ヴィクトリア王女が突然殴りかかって行ったから驚いたが、まあ、上手くまとまってよかった。ああいったときは口を出すことはできないし、どう対応するのが正解だったか未だにわからない。
男子寮と女子寮は分かれているので、入り口で別れの挨拶だ。
「それではまた明日」
「はい。おやすみなさいませ」
「おやすみ、ヴィクトリア」
部屋に入ると湯浴みだ。テリーサがそちらにかかりきりになっている間にルシールに問われる。いったいどういった話になったかと。
私は起こったままを伝えると、かなり難しい顔をしていた。
「昼間話題に上がった人物がやってきたのか」
「拒否する術を存じ上げませんでした」
「我々が拒否できるわけがないだろう。デルウィシュ王子が受け入れたのならそうするしかない。本当に姫様と仲が良いのが救いだ」
「姫様と王子はこれまでも仲睦まじく、そこを引き裂くのは至難の業かと思われます。アダレット嬢はいったい何をなさりたかったのでしょう?」
私の発言に驚いて目を見張るルシール。
「貴方はそういったことには無関心なのかと思っていたわ」
「ええと、まあ。以前はそうですね。ただ、姫様にお仕えするからにはさすがに」
「真面目に任務に取り組むのはいいことだ。そのための知識を得ようとするのもね。……アダレット嬢の真意はわからない。が、警戒はしておこう。今のところ双方婚約を破棄する気は毛頭ない。本人たちの仲も良好だ。もしここの仲を引き裂きたいのなら、どちらかの品位を貶めるくらいしかない」
身辺の警護に気を配るのが我々の役目だと言われた。
ブックマーク、評価、いいねをしていただけると嬉しいです。




