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第110話 命題

 下校時刻になり、俺は操二と二人で帰っていた。たまには男二人で帰るのも青春じゃね? と言われたからだ。


 言葉にしていたのはそれだけだったけど、心に潜ませた気遣いに俺は流石だなと感じていた。


(帰り道くらいは立花ちゃんに考える時間をあげないとな)


 下校は学生にとって最も頭を使わない時間だ。そこで改めて整理する時間をとらせるというのは今後のことも含めて必要だろう。


「なあ悟クン、何かいざサシで帰るとちょい照れんね?」

「今まではそんなのもなかったもんね。帰る時間もバラバラだったし」

「んだねー」


 ついさっきまで喧嘩してたとは思えない軽さ。だと言うのに一切固さがないのは、操二のとる距離感が絶妙なのか、それとも俺達がもうそれくらいの仲になれたからなのか。


 どっちにしても、操二には感謝しかない。


「唐突だけどちょい自分語りして良い?」

「別に気にしないけど、急にどうしたの?」

「さっきの話の続き」


 さっきのとは生徒会室での話という意味だろう。俺は小さく頷いた。


「オレさー、ソラちゃんと別れたって言ったじゃん。あれ何でかって言うと今の関係のままじゃ確実に関係が終わるって思ったんだよ」

「……終わる前に終わらせる?」

「そしたら遠い未来にさ、また出会った時にお互いあの頃の記憶を良い思い出として関係を始められんじゃん?」

「こう言うと無機質だけど、理にかなってるね。……有機的に言うなら、壊れる今よりいつか来る明るい未来を選んだ、とかかな」

「悟クンの言うことは毎度難しくて頭使うよ。流石学年首席」

「最近じゃ一回だけだよ」


 それに勉強が出来るからと言ってどんな問題にも正しい答えを出せるとは限らない。


 現に俺は今回、操二とぶつからなければ一番大切なことに気付けなかった。


「お、今勉強が出来るのと問題解決は直結しないとか考えた? 何ならオレがいたおかげでとか思ったっしょ?」

「心でも読めるのか」

「親友限定ならそうかもしんねーな」


 曲がり角を曲がると、薄明の夕日か僅かに網膜を灼いた。


 不思議とそれは眩しくなかった。


「悟クンが抱えてる問題は長岡さんが会長になることじゃない」

「……みんなの意志を、ひいては両親の気持ちを信じてあげること」

「そうだね。あとはそのための内心の変革を、同じもんを抱えてた仲間であり彼氏である悟クンが、誰よりも近くで寄り添ってあげるってので初めて百点かな」


 もし俺が愛哩の状況だったらどうだろう。ふと想像してみる。


 今まで心が見えるから気を許してた相手が軒並み信じられなくなって、恋人の俺の好意すら心の底からは確信出来なくなって。


 そして一番近くにいた両親に、心が見えてもなお隠し通された本音があったら。


「誰かに証明してほしいんだろうな」


 それが好意なら一番で、何なら悪意でも。


 俺達だけは第三者の内心を確信出来たのだから。


「……これを自分で言うのは照れ臭いけどさ」


 操二が鼻頭をかく。今までほとんど見たことのない、操二の羞恥心の表れ。


「オレはさっき悟クンと喧嘩したおかげでもっと仲良くなれた気がしたぜ? 人間関係ってのは何も波風を立てないことだけが円滑に進める方法じゃないはずだよ」


 夕日が沈み、夜の帳が降りる。遠くからは車の通る音が耳朶を叩いた。


 これは推測だけど、恐らく操二はソラちゃんと本音をぶつけ合ったのだろう。だからその時だけを区切るととても正解とは思えないような結論を、未来を見据えた二人の回答を出せたのだ。


「決めたよ」


 静かに、それでいて意志を込めて呟く。


「俺は会長選挙に勝つのはやめる。元より勝算が無いし、そんなことより大事なものを教えてもらった」


 つくづく操二が俺の親友で良かったと思う。


 俺なんかには勿体無い。そう思うことすら、失礼を感じる程に。


「こんな能力が無くても、俺は──」




 ──愛哩への好きが本物なんだと、愛哩自身に確信させる。




 やがてはそれを足がかりに、両親の本心を、そして友達の気持ちを信じられるように。


 まずは俺から、愛哩の恋人として最も大きな感情を証明しよう。

苦節110話にして、やっとあらすじの最後にあるセリフを作中で出せました。

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