第104話 作戦会議2
「──さて、話を聞く限りは情報がとにかく必要ってことになったわけだけど」
二杯目のコーヒーを運んでくれた店員さんに頭を下げてから、俺は明確になった問題点を改めて口にする。
「……正直俺達じゃどうにもならないよね?」
「あ、諦めるのはまだ早いと思います!」
本音をぶちまけると未耶ちゃんは焦りながら励ましてくれる。こういうところ、本当に良い子だよね。
「悟先輩だって、愛哩先輩程じゃ無いかもしれないですけど……い、一年の女の子の中でも良いかもって言ってる人とか居ます! きっと話を聞いてみれば快く答えてくれると思います!」
「はは、ありがとう。たださっきのはちゃんと意味があってさ」
一度そこで切る。未耶ちゃんは何も言わずに続きを待った。
「例えにしては直接的かもだけど、友達と仲良くはない人に学校の不満はどこかって同じ質問をされたとして、答えが変わらない自信ってあるかな」
「えっと、正直本音は友達にしか話せないと思います。……あ! そういうことですか?」
「だね。あえて極端な表現をすると、仲良くない人に対しては多少なりとも取り繕ったことを言うと思うんだ」
特に不満なんてどうしたってマイナスにとられかねない本音はどう曲解されるかわからない。いくら俺が生徒会長に立候補していて用途が見えるとはいえ、それを変な方向性で漏らさないという保証はない。
真偽はともかくとして、相手を信じる理由から仲の良さを排すると、俺から質問して本音を言ってくれる人間は限られてしまう。
「要は俺達に出来ないことならそれを出来る人、有り体に言うと友達が多い人に頼みたいなって話でね。一人は心当たりがあるんだ」
「……あ! それならわたしも一人居ます!」
ピンと来た未耶ちゃんはパッと目を輝かせて身を乗り出してくる。知業や生徒会長さんと人に頼ってばっかりだけど、今は手段なんて気にしてられない。
俺と未耶ちゃんはほぼ同時にスマホを取り出し、お互い頭に浮かんでいる“友達”へメッセージを送った。
◇◇◇
メッセージを送ってから少しして、俺達が呼んだ二人は同時に喫茶店に入ってきた。
「うっす悟クン!」
「お昼ぶりだねみゃーちゃん!」
今では見慣れた背の高い金髪イケメンは操二、ゆるふわで毛先にかけてウェーブをかけた誰が見ても美少女と言える子は立花さん。二人がこうして並ぶのを見るのはいつかの登校の時以来だ。
「あ、宮田先輩も居るじゃないですか! お久しぶりです!」
「文化祭以来だっけ。急に呼んでごめんね」
「あずは全然大丈夫ですよー! ちなみに高槻先輩もあずと同じ要件で呼んだんですか?」
「あれ、立花さんはもう知ってるの?」
「あ、いえ。内容は知らないんですけど、あずと高槻先輩って割と共通点が多そうな気がしたので!」
言われた操二は目を丸くする。立花さんの言葉の意図はさておき、立花さんがこうして少し踏み込んだことを言うとは思わなかったんだろう。
(へー、何か前のイメージとちょっと変わってんじゃん)
口にはしないが操二は内心で感心する。確かに二学期に入ってからは俺も同じことを感じていた。
操二は俺の隣へ腰を下ろす。
「確かに悟クンがオレと立花ちゃんに頼るってのは何かありそうな気がすんね! 異性のオトし方的な?」
(さっきこんくらい踏み込んで来たしオレも大丈夫だよね?)
「もー何言ってるんですかぁ高槻先輩。あずはまだ男の人と付き合ったことなんてないですよー?」
(まあ宮田先輩くらい条件が良くないと行く気もないけど! 長岡先輩も上手いことやったなぁ)
「付き合ったことないんだ! 周りの男は見る目ないな!」
(ってよりは恋愛対象に入らないパターンか? キラキラし過ぎるってのも問題だよなー)
「もー、恥ずかしいこと言わないでくださいよー!」
(嘘今のあずちょー可愛かった! 女癖が悪いって噂が無かったら高槻先輩もアリなんだけどなぁ)
……忘れてたけど、この二人が会話すると流れてくる情報量が凄いんだったね。こういう時心が読めると話しかけ辛いや。
「あの」
すっと手を挙げたのは未耶ちゃん。珍しいな、なんて思って視線を向ける。
同時に浮かべていた思考を見て、俺は瞠目した。
(悟先輩、話しかけにくそう)
これって、もしかしなくても気を使ってくれたんだよね。立花さんとは仲が良いとはいえ、内気で自発的に話しかけるのがあんまり得意じゃない未耶ちゃんが。
操二と立花さんの注目を集めると、どこか事務的な口調で話し出した。
「今日呼んだのは生徒会長選挙への協力をお願いしたかったからです。詳しい話は悟先輩からが良いと思うんですけど、大丈夫ですか?」
「うん。ありがとね、未耶ちゃん」
「い、いえ! お礼を言われることは何もしてないので!」
お礼を言われると思ってなかったのか大袈裟に首を振る。
せっかく未耶ちゃんが進めてくれたんだ、ちょっとでも無駄にしちゃいけないな。
「目的は二人に会長選挙への協力を頼めないかのお願い。具体的には、仲の良い友達に学校の不満を聞いて回って欲しいんだ」
「そりゃオレは全然良いけど、何でまたオレ達? 悟クンのことだし何か理由があるんでしょ?」
「生徒みんなの素の意見を知りたいんだ。ただ俺と未耶ちゃんじゃお世辞にも友達が多いとは言えなくて」
「あー、確かにあんま知らない相手だと変に気使った答えになるかも」
察しが良くて助かる。俺はそのまま続けた。
「二人なら社交的だし適任だと思ったんだ。お礼は……後々何かするとして、どうかな」
「悟クン、今のは良くないぜ」
仕方ないなと表情だけで伝わってくる様子。何に対しての言葉なのか、すぐにはわからなかった。
「お礼はするからってのはある程度の仲を超えたらむしろ失礼に当たる。ましてオレらだぜ? そういうのは“水臭い”ってヤツだ」
そう言って操二は、まるでその言葉を裏付けるかのように勢い良く肩を組んでくる。
「オレらは親友だろ? 見返りとか考えずに頼ってよ」
「ちょっと出遅れましたけど、あずも同意見です! 未耶ちゃんは友達だし、悟先輩にも助けてもらいましたもん!」
心を読むまでもなく、二人は嘘偽りのない目で訴えかけてくれる。内心を覗くのは失礼とまで感じる程だ。
……愛哩もこんな風に信じてくれたら良いんだけどな。噛み締めながら俺は「ありがとう」と一言口にした。
そこで、ふと立花さんが何かに気付いたような声を出す。
「えっと、このタイミングではちょっと言い辛いことなんですけど……その。あずって実は女の子の友達があんまり居なくてですね……」
「ああ、何となくそんな気はしたけど」
「ちょっと! それってどういう意味ですか! まったくもう!」
小さく頬を膨らませながら上目遣いでじっと睨んでくる。そういう仕草が女子には多分ウケないと思ったんだけど……ここまで言うのは躊躇われるな。
「んじゃ女の子はオレが聞いて回るわ! 立花ちゃんは男の意見を聞いて回ってよ!」
良い笑顔で軽く胸を叩く。確かに操二なら女子の意見は容易く聞けるだろう。
けど。
「良いの?」
どうしても脳裏に過ぎるのはソラちゃん。詳しい顛末は知らないし、関係をリセットしたのは聞いてる。ただ前に決別したであろう人達とまた話させるのは、少し罪悪感が湧く。
(あー、ソラちゃんのことで心配してくれたのか)
操二に俺やかつての愛哩のような能力はない。しかしたった一言の確認だけで俺の考えてることをズバリ的中させていた。
「悟クン、オレのことを舐めてもらっちゃ困るぜ? 当然別れる時も円満になるようしてるに決まってるじゃん! じゃないといろんな女の子と遊んだり出来ねーって!」
「……そっか。本当にありがとう」
「そん代わり男子の方は立花ちゃんに任せるぜ? 同級生ならまだしも他学年の男子はオレあんま知らねーからさ」
「そっちはおまかせください! 影響力のありそうな人達は大体お友達です!」
これは確信が無いから未耶ちゃんには言ってないけど、操二と立花さんが聞いてきてくれる情報は恐らく愛哩や音心が持ってる情報よりも本心に近いものだと思う。
何故なら距離感に違いがあるから。愛哩はいかにも高嶺の花って感じの存在感だが、二人はどちらかと言うとグイグイ距離を詰めるタイプの人間だ。
そこには親近感や共感の差がある。音心に関してはその限りじゃないけど、直近まで生徒会長だったのだ。面と向かってここが不満だったとは言い辛いはず。
マニフェストは二人から情報を貰った後に固めるとして、その間俺がするべきは何だろうか。
一刻も無駄には出来ない。そんなことを考えていた。
「ただまあ、オレ部活あるから作戦会議? みたいなのが出来るのは今日みたいに部活が早く終わった時とかしか無理そうなんだけどね?」
「あずはいつでもいけますけど……そうですね。基本は二人で進めてもらえると嬉しいかもです!」
(その方が未耶ちゃんも喜ぶだろうしね?)
操二と違い明確な理由は口にせず断る立花さん。喜ぶっていうのは……つまりそういうことだろうか。確認するのも恥ずかしいというか思い上がってるみたいだからしないけど。
代わりに、未耶ちゃんの思考が裏付けになった。
(……喜んじゃダメ! 二人っきりの時間が増えて喜んじゃ……って!?)
未耶ちゃんは顔を真っ赤にしてガバッと振り向く。
……やば。
「……読みました?」
「……読んで、ない」
「もう! ダメですから!!!」
下手過ぎる誤魔化しは当然通用せず、未耶ちゃんは照れ隠しをするように捲し立て、立花さんはどこか満足気に生暖かい目で俺達を眺める。
「やるねぇ悟クン」
「それやめてくれない!?」
俺に出来たのは、茶化すような口調で意味深な言葉を口にする操二へツッコミを入れることだけだった。




