90#case2・前庭(まえば)ひなた
登場人物紹介
『嵐山大佐』ゾンビ映画の愛好家? 上官の指示を無視した成果が茨城県の某所一帯を守る結果となった。
『嵐山節子』在神教の教祖で超能力者らしい。親しい人々からは『狂気の予知姫』と呼ばれている中年女性。
『荒波渡』100万分の1の確率で抵抗者となった。
『前庭ひなた』100万分の1の確率でエルダーゾンビとなった。
『崎守岬』渡に助けられた若者。
『鈴城美鈴』渡に助けられた若者。
『古都成誠』渡に助けられた若者。
~私は目が醒めた~
ここは何処だろう?
……あっ……私、風呂に浸かったまま寝てしまったみたい……どうも意識が朦朧としてる。
しっかりしなきゃ、さあ思い出すのよ私。
どうしてこんな所で、寝ていたのかを……
『死の七日間』
一日目(5月5日)
そう……この日は突然 町中に極小の隕石が降ってきた。
私の目の前で、隕石に肩を貫かれた中年の男性がいた。
私の顔に返り血が少し付いたけど、咄嗟に救急車をよんで、応急処置を試したの。
幸いすぐに救急車は来たけど何故か私も一緒に救急車に乗せられて病院に向う羽目になった。
返り血のせいかな?
この日は私も暇だったから問題は無い……だって救急車に乗るなんて貴重な体験だよ?
病院で、顔に付いた血を拭いて、怪我をしていない事をアピールしたら、2・3質問して解放してくれた。
おじさんはどうなったのかな?
でも、帰り道が大変だった。
あれから、僅か一時間もたってないのに、交通機関は大パニックになっていた。
私は歩いて帰る事しか出来なかった。
家に帰るまで、三時間以上かかったのを覚えている。
家に帰ると弟の英明が、興奮しながら出迎えてくれた。
英明……お姉ちゃんの事そんなに好きなのかぁ?
英明はテレビのニュースで興奮していた。
私にじゃなくて少しホッとした。
「英明、面白いニュースあったのかぁ?」
私は外では普通の女として過ごしているが、気心が知れた相手に対して口が悪くなる……まあ身内以外には3人もいないけどね。
「姉ちゃん! 今外が大変な事になってるぜ、念のため買い出しに行こう」
この後、2人で食料品と日用品を持てるだけ買い置きした。
今夜の食事は英明に作らせる。
私も料理は出来るけど、英明の方が料理は上手い……なので、公平に役割分担して、週に5回は料理を任せている。
私は、さっさと風呂に入って、夕飯を待つだけだ。
「英明ぃメシ出来たかぁ?」
英明は私を見ると、
「ちょ、姉ちゃん下着だけでウロウロするなっての」
と、叱られた。
「ん~? 英明は姉の下着姿で、欲情する変態なのかぁ?」
ニヤリとして挑発する。
「いやいや、姉ちゃん……姉ちゃんは確かに美人だが、何故か全く欲情はしねぇ……ふざけてると姉ちゃんの食事だけ手を抜くぞ!」
食べ物を人質に捕られた……仕方ない服を着てやるか……
英明の作った晩御飯は絶品だった。
英明は顔も可愛い、性格も穏やかで、面白い。
炊事等は私より出来る。
弟なのが勿体ない……英明みたいな彼氏が欲しいが、英明そっくりだと、ドキドキ感がないから難しいところだ。
二日目(5月6日)
なんか寝覚めが悪い……しかし不調だからと言って休めないのが社会人。
自転車を使って通勤する。
私はマッサージ師だ。
基本1時間5000円の料金の高くもなく安くもない、中堅マッサージグループの店で働いている。
しかし、今日はお客様がまったく来ない……仕事仲間も半分は欠勤している。
5時間ほど待機して、店長に帰って良し、と言われ、みんなで早退した。
道中、あちらこちらで、小競り合いや渋滞が起きている。
家に帰ると、英明がパタパタとやって来た……可愛いやつだ。
弟なせいか、それ以上の感情は湧かないが、ほっこりする。
「姉ちゃん、外のあちこちで暴動が起きてるらしいぜ? 落ち着くまで、仕事休んだ方がいいんじゃない?」
「う~ん、店長に聞いてみる。今日はまったく人が来なくて暇だった」
今日の夕御飯は私が作った。
しかしどうも失敗したようで、不味い……食べる気にならない。
英明は美味しいって言ってくれたけど、お世辞だと思う。
姉弟なんだから正直に言えばいいのに……
三日目(5月7日)
昨日より具合が悪い、さすがに仕事を休もうと店長に電話をしたが、誰も出なかった。
申し訳ないが、勝手に休む事にした。
英明に食事を作って貰ったが、一口食べて戻してしまった。
どうしたんだろう……お腹が空いてるのに食べられないなんて……
取り合えず寝よう。
夜……食べていないせいか、体の具合はかなり悪い。
こんな悪寒は初めてだ……流石の英明も相当心配しているみたいだ。
私は水だけ飲んで休んだ。
四日目(5月8日)
具合は悪いままだが、身体が軽くなった気がする。
けど、今朝も食事を食べたら吐いた。
お腹が空いてるのに目の前の食べ物を食べたいと思わない……違う……私の食べたいのはもっと違う物なの……
英明は病院に行けと色々手配してくれるが、どの機関も麻痺していて、病院に行けなかった。
でもね、英明私は空腹以外は調子を取り戻して来てるよ?
五日目(5月9日)
突然が、具合良くなった。
でも、空腹だ……英明は私でも食べれそうな物を探しに行った。
英明が帰って来た……肉類だけは食べれそうな気がしたけど、美味しくなくて、またも吐き出した。
英明はとても心配しているが、空腹さえ我慢すれば後は調子が良いよ。
夜…… 思考が纏まらない……
空腹だ、空腹だ、食べたい、食べたい。
空腹だ、食べたい…… 空腹だ、食べたい……
あっ、目の前に美味しそうな食べ物が有る……
食べよう……食べよう……食べよう……食べよう……
ぐちゃっ!!
六日目(5月10日)
…………
…………
…………
七日目(5月11日)
私が今思い出せたのは、ここまでだった。
私は濡れた身体を乾かして、英明を探す……
「英明! 何処だぁ? いるかぁ?」
英明の部屋に入る……
そこには無惨に食い散らかされた、英明の1部が転がっていた。
そうだ……思い出した……私が……私が、弟の英明を食べたんだ……そして、英明を食べたのを昨日自覚した。
そのショックで散々取り乱し、叫び、暴れて、泣いて……
私は浴槽で自殺をしたんだ。
でも……何で私は生きている? は左手を見る……左手首は、スッパリと切れていた傷痕だけが残っていて、血は全く出ていない。
私はおかしくなってしまったのだろうか……いつまで『ぼぉ~』っとしていたのだろう、気が付くと英明の1部を食べていた。
「う……あ、ああああぁぁぁぁ!!」
こうして、意識を持ったゾンビが生まれた。
しかし、この意識を持ったゾンビは、特別な存在である事を、ひなたは後に知る事になる。




