88#case1・荒波 渡(あらなみ わたる)
ある分譲マンション一室。
この部屋でネットゲームに勤しんでいた男がいる。
彼の名前は、荒波渡 25歳。
渡は、親に言われるがまま『小学』『中学』『高校』とスポーツと格闘技をやらされ、二流大学に入り、二流企業に就職した。
だが、彼は1年前に宝くじで、一億五千万円のくじを当ててしまった。
この時を境に会社を辞め、親と絶縁し、マンションを買い、彼の夢であった オンラインゲーム三昧の日々を送る事にしたのだ。
3LDKの彼の部屋はハイスペックパソコンが2台、身体を鍛える健康器具が多数、長期保存が出来る大量の食糧が備わっていた。
『死の七日間』
一日目 (5月5日)
渡はプロテインとカップ麺の異色な組み合わせの朝食を採り、テレビショッピングで購入した健康器具を乗り回す。
シャワーを浴びたら、ネットゲームの時間だ。
ゲームの名前は『召喚ウォーズ・オンライン』
多才な職業で、複数の世界を舞台にしたオンラインゲーム……
どのゲームも同じだと思うが、ネットゲームは時間と金があればトップを張れる。
今日は、仲間の休日。
渡は単体で経験値を稼ぎまくっていた。
夕方、リアルで凄い事件が起きたと聞いたけど、気にしない……
二日目(5月6日)
朝の日課を終えて、ゲーム三昧……
定時刻になっても、20人いるギルメンの内3人が不参加のようで、居ない……
暇人ギルドだから、3人も無断欠席には驚いた……
三日目(5月7日)
渡は今日もゲーム三昧……こんな自堕落な生活をして、体型を維持しているのは奇跡としか言いようが無い。
今日は、6人も欠席者がいた。
なかには、事件だ事件だと騒いでいたが、渡は気にしない。
四日目(5月8日)
欠席者が半数を超えた……不思議なことに『飯を買いにコンビニに行く』のコメントを最後に音信不通になり、さらに人が居なくなる……流石にちょっとおかしくないか? と渡は思った。
五日目(5月9日)
ギルドメンバーが、ついに2人だけになった……これではレイドモンスターは倒せないので仲間とは別のパーティに参加を目論む……
しかし他のギルドでも、急な欠席者が増えていた。
なんでも、リアルでは大事件が起きてそれどころじゃ無いらしい……でも、渡は気にしない……悪い意味で豪胆な男だった。
六日目(5月10日)
「うおぉぉぉぉぉぉ!!何故だぁ!!」
渡は叫んだ。
『召喚ウォーズ・オンライン』が緊急メンテナンスになったからだ。
「はぁ? 緊急メンテナンス!? いったい何が……」
部屋は停電になったのか、突然 薄暗くなった。
ちっ……俺んちの大元のブレーカーは『40アンペア』だぞ……そんな大容量のブレーカーが簡単に落ちるはずがない!
玄関のに設置されているブレーカーを見る……
やはりブレーカーは落ちていない……只の停電みたいだ……
「ちっ……なんなんだよっ」
そう言えば、半月くらいポストすら見ていないな……
渡は、停電の知らせくらい見ておけば良かったと1人で愚痴ちりながら、メールボックスの確認に出掛けた。
玄関を開けて、廊下に出る。
いつもなら、少なからず人がいる筈なのに、人の気配が殆ど無い……不思議だなと考えていた。
渡はエレベーター前に着いた。
『下』のボタンを押す……反応が無い……
あっ、そうか……停電中だったけ。
「ちっ、最上階の部屋なんて買わなきゃよかった」
と、1人で愚痴る。
階段で降りて、メールボックスに到着したのだが、誰とも会わない……
いくらなんでもおかしくないか?
まさか、自治体とかで避難訓練でもしてるのか?
そのためにマンションを停電させたとか……
んな訳ないか……
渡は、メールボックスの中身を探った……しかし停電の知らせと思われるハガキや手紙は無かった。
カタン……
渡の横で物音がした。
渡はびくっと驚いて、音がした方を振り向く。
そこには、何度も顔を合わせた女性が立っていた。
突然立ち尽くす女性にビックリしたが、今日初めて会った人に、感謝しながら話しかける。
「コンニチハ……あ、あの他の人達を見かけないんなですが、何か心当たりとか有りますか?」
話しかけても女性は何も答えない。
ちっ、何だよ……こっちから話し掛けたのによ……あれ、女性の手に大きい噛み跡の傷があるぞ。
渡は先ほど無視されたのを忘れ、数歩近よって、もう一度話し掛けた。
「あの、手……大丈夫ですか?」
女性は渡に気がついた様で「う~」と唸りながら渡るに近づく。
渡はここで初めて女性の異変に気付いた。
女性の目は赤紫色に濁っていたのだった。
ヤバい……この女性はおかしい……とりあえず逃げよう。
「な、何でも無いです、さよなら」
狭いメールボックスの通路を足早に通り過ぎようとする渡に、女性が掴みかかった。
「うわっ何するんだ? 離せよ!」
渡はつい、女性を本気で蹴り剥がしてしまった。
ガシャーン!!
女性は吹き飛ぶ様に倒れた。
渡は本気を出した事に後悔した。
「あっ……ごめん、だいじょう……」
渡るの詫びの言葉は途中でとまる。
女性は何事も無かったかの様に立ち上がる。
「う~」
おかしい、俺が本気で蹴ったのに……渡は逃げることにした。
廊下に出た所で、一組の夫婦を見つけた。
「あっ……」
声をかけようとした渡だが、この夫婦も様子が変だ。
目の色も赤紫色に濁っていた。
逃げよう……
渡は走って逃げた。
すると様子の変な夫婦は渡は目指して追いかけて来た。
「なんだってんだよ! 畜生!」
渡はマンションの最上階、18階まで走り続けた。
あの、夫婦の追いかける速度は遅く、簡単に引き離す事が出来たが、追いかけて来る物音が聴こえる。
毎日体を鍛えている渡るも、持久力は平均値を少し上回るだけだ……18階まで一気にかけ上がった為、息を切らしていた。
「ぜーぜー……体力ねぇ……明日からジョギングでもしておこう……」
家まで戻り、鍵をかける。
「はぁ、はぁ、た……助かった。いったい何が起きてるんだ? テレビ、テレビ……」
渡は急いでテレビのリモコンを手に取りスイッチを入れる…………テレビは反応しない……
「ああっ、くそっ、停電してたんだ……スマホだ、スマホ……」
久しぶりにスマホを手に取る……スマホは圏外になっていた。
「ちっ、圏外かよ? 」
渡はスマホを操作して、Eメールの履歴を見る。
渡はスマートフォンを殆ど使っていなかった。
そのため、メールニュースも見出ししか確認出来なかった。
だが、今の渡には貴重な情報である。
『5月5日≡世界中に謎の隕石降り注ぐ』
ああ、そう言えばネトゲ仲間が、そんな事書き込みしていたな……
『5月6日≡少隕石群の被害額が天文学的数字に』
『5月7日≡謎のウィルス蔓延、新型狂犬病か?』
謎のウィルスだって!? そのウィルスで、俺が見た住人達はああなったのか?
『5月8日≡☆緊急情報☆政府関係者から連絡有るまで自宅待機を要請』
メールニュースの見出しは、ここまでだった。
渡は今見た現状とニュースの見出しのみの情報を元に考えた。
今俺が望む事は、ネットゲームの環境回復、いくらなんでも、この短期間で全エリア停電は無いだろう。
電力が回復するまで、ネットカフェに待機しよう……あとは、スマホの充電を乾電池でも出来るコードが要るな。
今俺がやるべき事はネットカフェと充電コード入手、この2つだ。
渡は学校の成績は良い方なのに、馬鹿だった。
考えが纏まった所で、腕に怪我をしてるのに気付いた。
あっ、メールボックスで捕まれた時に出来たんだ……
しかし、掴みかかられただけなのに傷が深い……なのに痛くない……不思議だな。
よし、ドラッグストアに行くついでに、包帯も買おう。
問題は、メールボックスや廊下にいる人達だな……何か良い物はないかな……
……
…………
………………
渡はトレーニング器具を分解して、長さ1mの鉄製の棒を用意した。
これなら、引っ越しの時に練習用の木刀やトンファーでも持って来ればよかったな。
そう、渡の両親は幼い頃から、渡が馬鹿なのを察知して、大人になっても充分に生きて行けるようにレールを敷いたのだ。
習い事から高校、大学、会社に、至るまで……
そんな親が嫌だったのだが、渡は逆らえなかった。そう……宝くじが当たるまでは、逆らえなかったのだ。
渡は鉄製の棒と大鍋の蓋を装備して、ゾンビ達が蔓延る街中へ出かけるのだった。




