表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
168/172

159#悪の胎動

 ランディ達がいる、ストマティア王国から遥か南西の方角には、この大陸唯一の帝国がある。


 その帝国領のある場所で、1人の男が床にある隠し通路を抜け、窓が1つもない大広間に辿り着く。


 大広間には、帝国独特の軍服を着こなした、威厳を漂わせる将官が5人、着ている服から明らかに上級貴族と判別出来る初老の男が1人、漆黒のローブを纏った正体不明の何が3体が居た。


 最後の男が到着した事により、この静粛な場が動き出す。


「全て揃ったな……」


 口を開いた男の胸には、階級を示すバッチが付けられていて、ここにいる軍人の中では、2番目に階級の高い印を着けていた。

 

「三重の災厄殿……大言を吐いたわりには、たったの3ヶ月で全滅してしまいましたな?」


 まるでこのNo.2は『調子に乗ったわりには弱いではないか?』と言わんばかりに、ニヤついていた。



「ふん、問題ない。我らの尖兵を滅するのに、3ヶ月もかかるとは、この世界の人間も大した事はないな」



 嫌味を言ったつもりが、予想外の返り討ちにあい、反射的に剣を抜きかけた。


「なんだと!」


「やめよ」


「ぐっ、しかし……」


「余の、命が聞けぬと言うのか?」


「はっ、失礼しました」


 男は、剣を鞘に納めて、頭を下げる。

 下げた相手が、初老の貴族に向かっていたのは、この男の精一杯の抵抗だろう。


 その初老の貴族は、ローブの男を見た。

「して、三重の災厄たちよ、此度の攻勢に意味はあったのか?」


「ある、次なる王よ。今回は最弱の兵で、どれだけ戦えるか試してみた。結果は上々、尖兵のみで我々の名を知らしめる事が出来た。そこにいる将軍等には敵わないが、雑兵同士ならば、此方が圧倒的だった。おかげで随分と恐怖を貰う事が出来た」



 しかし、その言葉に対して不満げに問う。


「しかし、その程度では余の悲願も、主等の思惑も達成できぬぞ」


「心配には及びません、次なる王よ。次回の兵も雑兵ではあるが、2倍の戦闘力を有している。そして半年後には、我らも参加して全力で人間どもを蹂躙する。この世界を絶望と恐怖に陥れるのだ」


 初老の貴族は、威圧を感じる言葉に恐怖したが、それを表に出さない技量は持っていた。


「三重の災厄たちよ、その目的がありながら何故、余と手を組む?」


「その質問には一度答えたはずだが……我らの目的は『恐怖』と『絶望』の採取。それには人間どもに絶滅してもらっては困るのだ。この世界の『Sランク』と呼ばれる人間は強い。目的を達成した時、我が無事ですまない可能性もある。だからこの国に目をつけたのだ」



 納得のした初老の貴族に対して、不安が残る軍人の1人が、手をあげ1歩前にでる。


「では、計画命令書の書いていた通りに……」


 ローブの男の頭が、縦に揺れる。


「ああ、この世界の人口の9割には死んでもらう。それを3年間、時間をかけてじっくりと実行する。そして次なる王の民にも、約3割ほど死んでもらう。次なる王に対して、有益な人間は殺さない事が条件だったな。我らは、羊皮紙に書かれた約束は守らねばならない。目的が達成されれば、我々はこの世界を去る。次なる王は、残った大陸を治めるがよい」


 この会議に参加する一部の将軍は、自国民を3割も犠牲にするのには、抵抗がある者もいる。




 ……

 …………


 今後の意識合わせが終わり、最終確認がなされていた。


「では、完全なる襲撃は半年後で、3ヶ月後にも、尖兵を仕掛けると言うことで……それでは解散!」



『解散』の号令に真っ先に消えていったのは、漆黒のローブを纏った3体で、5人の将軍と初老の貴族貴族は、この場に残っていた。



「アリスモス様、私は反対です。我々の目的ために、あの様な得体の知れぬ者を使うなど。悲願達成の際には、将軍の席を要求するやも……」

「それはない」


 将軍の言葉は、初老の貴族『アリスモス・ミデン・アペイロン』に遮られる。


「テタルトン将軍、それだけは絶対にないのだ。だが、そちのの(げん)も聞いてみるとするか」

(もし、将軍職を欲する時は、恐怖を集めるための手段でしかないだろう。将軍職に拘らずとも余が()れば、事は済む)



「三重の災厄どもが、いかなる大軍を持っていても、頭は3つ。100人……いや50人の兵をもって急襲すれば、消すことが出来ます。そして我々だけで大義を成すのです」


 アリスモスもそれは考えた。

 そして、20年近い年月をかけて準備をしていたが、大陸統一となると、犠牲が計り知れない。


 三重の災厄は、得体が知れないが、捨て駒としては最も適していた。

 しかし、三重の災厄を本当に頼りにして良いのか、少し悩んだ。


 悩んだ結果……



「テタルトン将軍、そなたの言、余は深く考えてみた。それほど我らのみで事を成したいのであれはば、やってみるが良い」


「アリスモス様」


 表情を明るくするテタルトン。


「ただし、貴様の直轄の兵しか、使用を許さぬ。よいな?」



「はっ、充分であります」


 テタルトン将軍直下の兵は、今すぐ集めることが出来るのは70名、しかも半数は熟練者だ。


 テタルトン将軍は、今日中にけりを付けるつもりの様で、駆け足でこの場から移動した。


「見張りを1名つけよ。三重の災厄の本当の力を知りたい」


 アリスモスの言葉に1人の将軍が消えた。


「さて、どうなるか……」


アリスモスが見る、ある羊皮紙には、テタルトンの名前がうっすらと消えつつあった。



 ◆◇◆◇◆


 漆黒のローブを纏った『サンジュウの災厄』アールブルグは、予期せぬ収穫を前に喜びを隠せずにいた。


 そして、待つこと十数分。


「来ましたか、待っていましたよ」



 アールブグルの振り向く先には、将軍テタルトンを筆頭に70人の兵がやって来ていた。


「待っていたと言ったな? 我々の接近に気づいていたのか?」


「クククッ、それだけ大袈裟に兵士を集めていて、気づいたか? はないでしょう。それに……」

(それに、次なる王に情報は貰いました。奥で隠れている見張り以外は、殺してもよいとの書状も見ました。まあ、名前が記載されていればどのみち殺せませんがね)


 帝国軍標準の両手剣を、片手で持ち、剣先をアールブグルに向ける。


「三重の災厄よ! 思うことあり、貴様にはここで死んでもらう事になった。この人数差なら、あの世で言い訳も出来るだろう。安心して死ね」


 71対1にも関わらず、アールブグルは平然としていた。


「雑魚は兎も角、将軍と7人の隊長には期待していますよ。闇撃LV3」


 アールブグルの先制攻撃で、戦闘が始まった。


 漆黒のローブを装備した状態のアールブグルは、攻撃手段が1つしかない。

 それは、闇魔法属性の2段攻撃だ。


 2つ同時に放たれた闇撃は、雑魚と呼んでいた僧侶に命中する。


 2人の僧侶のうち1人は重傷、もう1人は即死してしまう。



「ふむ……1名、人数差に油断しましたか?」


「い、行けぇぇぇぇぇ!!」

「こいつの驚異は魔法攻撃のみ! 20秒の空き時間を狙え!」


 LV3魔法のリキャストタイムは24秒、俗に言う3ラウンドの魔法使用不可が課せられる。


「『闇の衣』を剥ぎ取れば、弱体化するぞ!行けぇ!!」


 テタルトン部隊は、以前に世界中を襲った『サンジュウの災厄』尖兵の戦闘記録を入手して、戦っていた。


 テタルトン将軍はこんな時のために、他国から情報を集めていたのだ。


 驚異のサンジュウの災厄は、闇の衣さえ剥ぎ取れば、それほど強くないと。



 だが、ここにいる全ての人間は失念していた。


 尖兵とそれを操る者が同じ能力である筈がないと。

 それを忘れさせたのは、闇の衣の中から漏れ出す、底知れぬ気配からだった。


「2連撃、はぁっ!」

「高速剣!!」

「真空波っ!」

「今だっ、魔法攻撃」


「おう! 火球LV2」

「闇属性は効かない、気を付けろっ」

「解ってる、風刃LV1」

「続けっ、風刃LV3」

「光波LV2」


 テタルトン部隊の波状攻撃を受け続けるアールブルグは何処か楽しげだった。


「くくく、素晴らしい。それだけの兵を動員すると、冒険者より兵隊の方が上手く戦う」


「ステータス看破!」


「ザーマト、どうだ?」


「HP3388! そ、想定の半分も減っていません!」


「くっ、魔法に強い抵抗力があるのか……そろそろ来るぞ!」



 アールブルグは、前回の攻撃から24秒経過したため、魔法攻撃をする。


「闇撃LV3」

「魔障壁」

「魔障壁」

「障壁」

「障壁」


 アールブルグの攻撃と同時に、魔法防御スキルを使う。


 魔法防御スキルと咄嗟の防御が上手くいって、闇撃のダメージは本来の35%にとどまる。


 そして、テタルトン部隊の攻撃が再開する。


 このパターンを5回繰り返した所で……


「ザマート!」


「はっ、HP182! もう少しです」


 それを聞いたテタルトン将軍は前に出た。


「はぁぁぁぁぁ、剣技……五連撃!!」


「闇の衣、破戒成功です。中身が見えてきます! あっ……」


 アールブルグの闇の衣が壊れた瞬間、体長2メートルを軽く超える亜人が見えた。


 その姿はリザードマンに似ているが、鱗の色は毒々しい色合いで、背中に生えている羽は、蝙蝠の羽の様だった。

 そして尻尾は鎖を寄り合わせたような形状であり、全体をみると、明らかにリザードマンとは違っていた。


「くっ、この化物が、だが闇の衣を破ってやったぞ、貴様の命もうすぐ終る、ザマート ……ザマート!」


 ザマートは、アールブルグを見て完全に怯えていた。

 だが、テタルトン将軍の怒鳴り声に反応する。



「あ、あ……敵能力……HP48600、MP2430、STR1000、SPD800、れ、レベル120。ば、化物だ……本物の化物だぁ!!」


「速度上昇スキル『疾風』さあ、これで我の速力は1200になった。では闘おう」



「くっ、如何なる化物だろうが、身体は1つ! 少しずつ確実にダメージを与えるのだ。30レベル以下は援護! レベル30を超える兵は攻撃ぃ!」


 テタルトン将軍の激で、部隊は持ち直した。


 テタルトン部隊では、魔法攻撃が行える兵が、魔法士を含めて13人いる。


 その13人が一斉に攻撃を仕掛けた。


 アールブルグはその13発の内、2発を避ける。


「魔法を避けた? 速すぎる……」

「気負うな! たったの2発だ。残りは命中したぞ、さあ障壁を張れ!」


「魔障壁」

「魔障壁」

「障壁」

「障壁」

「障壁」


 赤色の防御膜が展開する。


「光破LV6」


 直径にして60メートル以上の光の玉がテタルトン部隊を襲う。


「う、うわぁぁぁぁぁ!!」

「うぎゃぁぁぁぁっ」

「ぐえっ!!」

「ひ、ひぃぃぃぃぃ!?」

「や、やめろぉぉ!」


 40人以上の兵が、光波の餌食になり、18人の兵が一撃で命を失う。



「くっ、暫く魔法攻撃は来ない! 一気に畳み掛けろっ」


 テタルトン将軍も前線に出て、攻撃を繰り出す。


 しかし、攻撃のほとんどは硬い鱗に弾かれ、ダメージが通らない。


 しかも、アールブルグの爪は凶悪に伸び、テタルトン部隊を襲う。


「回復だ! ヒールポーションを使え!」


 魔石を産み出す地下迷宮のある都市より、価値が2倍もするヒールポーションを惜しみ無く使う。


「壁」

「硬壁」


 術者の前に青い防御膜が張られる。


「クククッ、いいぞ。強い強い。そんな強者の絶望と恐怖は如何程の価値になるのか」


 戦いが長引くにつれて、テタルトン部隊に恐怖の色が濃くなる。


 そう、大魔法と言われる6段階目の攻撃魔法を警戒しているのだ。


 そこで、テタルトン将軍は失敗を1つしてしまった。


 物言わず怯えていたザマートに、残りのMPを聞こうとして、話しかけたのだ。


「ザマート、化物の残りのMPは? ……ん? ザマート」


「は、はい……MP1680ですが、HPが、HPがほとんど減っていません! アールブルグHP48165」


 テタルトン将軍は戦慄した。

 あれだけ攻撃を与えたと言うのに、自信の2回分のダメージしかないと言う事実に。

 自分以外の攻撃はあの鱗を通す事すら叶わないのか? と考えた。

 しかも、魔法攻撃は全く効いていない計算になる。


 実際は、テタルトン将軍が2回、他の戦士の攻撃は1回、ダメージを与えていた。


「んん~、良いぞ、良いぞ! 恐怖と絶望の混じった素晴らしい気配。さぞやあの方も喜ばれる事だろう。行くぞ、攻撃力上昇スキル『怪力無双』」


 アールブルグは、STRを上昇させるスキルの5段階目を使った。


「ひいっ!? STR1700に上昇、ダメだ全滅する!!」


 この一言で、陣形が崩れた。


 自分より何倍もあるステータス。

 ダメージの通りにくい硬い鱗。

 魔法ダメージは受けない肉体。

 最高レベルのテタルトン将軍の10倍以上のHP。

 そして、数々の高レベルスキル。


 攻略の糸口さえ見えなかった。


 戦いを諦めなかった、テタルトン将軍以下3名は、アールブルグに立ち向かいうが、一方的にいたぶられる様にしか見えなかった。


 ついに逃げ出す、テタルトン部隊だったが、アールブルグのSPD1000を超すステータスには無力だった。


 そして戦えるのがテタルトン将軍独りになった。


「素晴らしい、素晴らしいぞ将軍よ、お前みたいなレベルの兵が後十数人もいれば、こうはならなかっただろう」


「くっ……」


 テタルトン将軍は、屈辱にまみれながらも言い返す。


「たしかにな……しかし我が帝国24人の将軍ならば、お前ごときを倒せる事が解った。『三重の災厄』の代表者がこれでは、我が帝国に……人間に頼るしかないか……」


 アールブルグは、戦い傷つき、動けなくなったテタルトン将軍の耳許で囁く。


「我は『サンジュウの災厄』の窓口でしかないぞ? よって我が一番強いわけではない?」


「なっ!? お前が『三重の災厄』のボスじゃないのか?」


「ふっ、我らに階級はない、皆平等である。だが、我より強い『サンジュウの災厄』たしかにいるぞ」


「ば、バカなっ、そんな訳、あるはずがない! あれ以上の化物など、いるわけが……」


 だが、テタルトン将軍は直感で気づいてしまった。

 アールブルグの言葉は、嘘ではないと。



「クククッ、やっとお前から絶望が採取出来た。たしかテタルトンと言ったか。その傷ではもう助からないが、冥土の土産に我等の部屋で死ぬがいい」





 テタルトン将軍は担がれ、見たこともない場所まで連れていかれた。


 そこには、残り2人の闇の衣を纏った者がいた。


 2人は振り返ると、待ちきれなかったかの様に、話し始める。


「同志アールブルグ、同志ジフテリア、もう少しで我々の仲間がすべて揃う」


「同志ヘルパンギーナ、長かったな。あの忌々しい神の結界で、力のある我々は1ヶ月に1人しか、この世界に来ることが出来ない」


 テタルトン将軍は過去の記憶を探る。

(たしか、サンジュウの災厄とは1年以上も前から繋がっていたはず。ならば、三重の災厄は少なくとも12人はいると言うのか? それに、神とはいったい……)


 今度は、ジフテリアが力を込めるように話す。


「だが、それも後4人で終わる。この世界を地獄に塗り替え、絶望、恐怖と悲しみに満ちた世界を創ろう。我等が魔王ダムドー様が配下『三十の災厄』がな!!」



 もう数分で絶命する筈のテタルトン将軍は、事の重大さを、たった今理解した。


(『三重の災厄』とは『三十の災厄』だったのか。『災厄級の化物』が『三十体』もいることだったのか……不味い……このままでは、ユーフォリア大陸が、この世界が地獄と化してしまう……)


 この男は、これから起きるであろう世界の未来を想像し、絶望しながら逝った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ