159#悪の胎動
ランディ達がいる、ストマティア王国から遥か南西の方角には、この大陸唯一の帝国がある。
その帝国領のある場所で、1人の男が床にある隠し通路を抜け、窓が1つもない大広間に辿り着く。
大広間には、帝国独特の軍服を着こなした、威厳を漂わせる将官が5人、着ている服から明らかに上級貴族と判別出来る初老の男が1人、漆黒のローブを纏った正体不明の何が3体が居た。
最後の男が到着した事により、この静粛な場が動き出す。
「全て揃ったな……」
口を開いた男の胸には、階級を示すバッチが付けられていて、ここにいる軍人の中では、2番目に階級の高い印を着けていた。
「三重の災厄殿……大言を吐いたわりには、たったの3ヶ月で全滅してしまいましたな?」
まるでこのNo.2は『調子に乗ったわりには弱いではないか?』と言わんばかりに、ニヤついていた。
「ふん、問題ない。我らの尖兵を滅するのに、3ヶ月もかかるとは、この世界の人間も大した事はないな」
嫌味を言ったつもりが、予想外の返り討ちにあい、反射的に剣を抜きかけた。
「なんだと!」
「やめよ」
「ぐっ、しかし……」
「余の、命が聞けぬと言うのか?」
「はっ、失礼しました」
男は、剣を鞘に納めて、頭を下げる。
下げた相手が、初老の貴族に向かっていたのは、この男の精一杯の抵抗だろう。
その初老の貴族は、ローブの男を見た。
「して、三重の災厄たちよ、此度の攻勢に意味はあったのか?」
「ある、次なる王よ。今回は最弱の兵で、どれだけ戦えるか試してみた。結果は上々、尖兵のみで我々の名を知らしめる事が出来た。そこにいる将軍等には敵わないが、雑兵同士ならば、此方が圧倒的だった。おかげで随分と恐怖を貰う事が出来た」
しかし、その言葉に対して不満げに問う。
「しかし、その程度では余の悲願も、主等の思惑も達成できぬぞ」
「心配には及びません、次なる王よ。次回の兵も雑兵ではあるが、2倍の戦闘力を有している。そして半年後には、我らも参加して全力で人間どもを蹂躙する。この世界を絶望と恐怖に陥れるのだ」
初老の貴族は、威圧を感じる言葉に恐怖したが、それを表に出さない技量は持っていた。
「三重の災厄たちよ、その目的がありながら何故、余と手を組む?」
「その質問には一度答えたはずだが……我らの目的は『恐怖』と『絶望』の採取。それには人間どもに絶滅してもらっては困るのだ。この世界の『Sランク』と呼ばれる人間は強い。目的を達成した時、我が無事ですまない可能性もある。だからこの国に目をつけたのだ」
納得のした初老の貴族に対して、不安が残る軍人の1人が、手をあげ1歩前にでる。
「では、計画命令書の書いていた通りに……」
ローブの男の頭が、縦に揺れる。
「ああ、この世界の人口の9割には死んでもらう。それを3年間、時間をかけてじっくりと実行する。そして次なる王の民にも、約3割ほど死んでもらう。次なる王に対して、有益な人間は殺さない事が条件だったな。我らは、羊皮紙に書かれた約束は守らねばならない。目的が達成されれば、我々はこの世界を去る。次なる王は、残った大陸を治めるがよい」
この会議に参加する一部の将軍は、自国民を3割も犠牲にするのには、抵抗がある者もいる。
……
…………
今後の意識合わせが終わり、最終確認がなされていた。
「では、完全なる襲撃は半年後で、3ヶ月後にも、尖兵を仕掛けると言うことで……それでは解散!」
『解散』の号令に真っ先に消えていったのは、漆黒のローブを纏った3体で、5人の将軍と初老の貴族貴族は、この場に残っていた。
「アリスモス様、私は反対です。我々の目的ために、あの様な得体の知れぬ者を使うなど。悲願達成の際には、将軍の席を要求するやも……」
「それはない」
将軍の言葉は、初老の貴族『アリスモス・ミデン・アペイロン』に遮られる。
「テタルトン将軍、それだけは絶対にないのだ。だが、そちのの言も聞いてみるとするか」
(もし、将軍職を欲する時は、恐怖を集めるための手段でしかないだろう。将軍職に拘らずとも余が居れば、事は済む)
「三重の災厄どもが、いかなる大軍を持っていても、頭は3つ。100人……いや50人の兵をもって急襲すれば、消すことが出来ます。そして我々だけで大義を成すのです」
アリスモスもそれは考えた。
そして、20年近い年月をかけて準備をしていたが、大陸統一となると、犠牲が計り知れない。
三重の災厄は、得体が知れないが、捨て駒としては最も適していた。
しかし、三重の災厄を本当に頼りにして良いのか、少し悩んだ。
悩んだ結果……
「テタルトン将軍、そなたの言、余は深く考えてみた。それほど我らのみで事を成したいのであれはば、やってみるが良い」
「アリスモス様」
表情を明るくするテタルトン。
「ただし、貴様の直轄の兵しか、使用を許さぬ。よいな?」
「はっ、充分であります」
テタルトン将軍直下の兵は、今すぐ集めることが出来るのは70名、しかも半数は熟練者だ。
テタルトン将軍は、今日中にけりを付けるつもりの様で、駆け足でこの場から移動した。
「見張りを1名つけよ。三重の災厄の本当の力を知りたい」
アリスモスの言葉に1人の将軍が消えた。
「さて、どうなるか……」
アリスモスが見る、ある羊皮紙には、テタルトンの名前がうっすらと消えつつあった。
◆◇◆◇◆
漆黒のローブを纏った『サンジュウの災厄』アールブルグは、予期せぬ収穫を前に喜びを隠せずにいた。
そして、待つこと十数分。
「来ましたか、待っていましたよ」
アールブグルの振り向く先には、将軍テタルトンを筆頭に70人の兵がやって来ていた。
「待っていたと言ったな? 我々の接近に気づいていたのか?」
「クククッ、それだけ大袈裟に兵士を集めていて、気づいたか? はないでしょう。それに……」
(それに、次なる王に情報は貰いました。奥で隠れている見張り以外は、殺してもよいとの書状も見ました。まあ、名前が記載されていればどのみち殺せませんがね)
帝国軍標準の両手剣を、片手で持ち、剣先をアールブグルに向ける。
「三重の災厄よ! 思うことあり、貴様にはここで死んでもらう事になった。この人数差なら、あの世で言い訳も出来るだろう。安心して死ね」
71対1にも関わらず、アールブグルは平然としていた。
「雑魚は兎も角、将軍と7人の隊長には期待していますよ。闇撃LV3」
アールブグルの先制攻撃で、戦闘が始まった。
漆黒のローブを装備した状態のアールブグルは、攻撃手段が1つしかない。
それは、闇魔法属性の2段攻撃だ。
2つ同時に放たれた闇撃は、雑魚と呼んでいた僧侶に命中する。
2人の僧侶のうち1人は重傷、もう1人は即死してしまう。
「ふむ……1名、人数差に油断しましたか?」
「い、行けぇぇぇぇぇ!!」
「こいつの驚異は魔法攻撃のみ! 20秒の空き時間を狙え!」
LV3魔法のリキャストタイムは24秒、俗に言う3ラウンドの魔法使用不可が課せられる。
「『闇の衣』を剥ぎ取れば、弱体化するぞ!行けぇ!!」
テタルトン部隊は、以前に世界中を襲った『サンジュウの災厄』尖兵の戦闘記録を入手して、戦っていた。
テタルトン将軍はこんな時のために、他国から情報を集めていたのだ。
驚異のサンジュウの災厄は、闇の衣さえ剥ぎ取れば、それほど強くないと。
だが、ここにいる全ての人間は失念していた。
尖兵とそれを操る者が同じ能力である筈がないと。
それを忘れさせたのは、闇の衣の中から漏れ出す、底知れぬ気配からだった。
「2連撃、はぁっ!」
「高速剣!!」
「真空波っ!」
「今だっ、魔法攻撃」
「おう! 火球LV2」
「闇属性は効かない、気を付けろっ」
「解ってる、風刃LV1」
「続けっ、風刃LV3」
「光波LV2」
テタルトン部隊の波状攻撃を受け続けるアールブルグは何処か楽しげだった。
「くくく、素晴らしい。それだけの兵を動員すると、冒険者より兵隊の方が上手く戦う」
「ステータス看破!」
「ザーマト、どうだ?」
「HP3388! そ、想定の半分も減っていません!」
「くっ、魔法に強い抵抗力があるのか……そろそろ来るぞ!」
アールブルグは、前回の攻撃から24秒経過したため、魔法攻撃をする。
「闇撃LV3」
「魔障壁」
「魔障壁」
「障壁」
「障壁」
アールブルグの攻撃と同時に、魔法防御スキルを使う。
魔法防御スキルと咄嗟の防御が上手くいって、闇撃のダメージは本来の35%にとどまる。
そして、テタルトン部隊の攻撃が再開する。
このパターンを5回繰り返した所で……
「ザマート!」
「はっ、HP182! もう少しです」
それを聞いたテタルトン将軍は前に出た。
「はぁぁぁぁぁ、剣技……五連撃!!」
「闇の衣、破戒成功です。中身が見えてきます! あっ……」
アールブルグの闇の衣が壊れた瞬間、体長2メートルを軽く超える亜人が見えた。
その姿はリザードマンに似ているが、鱗の色は毒々しい色合いで、背中に生えている羽は、蝙蝠の羽の様だった。
そして尻尾は鎖を寄り合わせたような形状であり、全体をみると、明らかにリザードマンとは違っていた。
「くっ、この化物が、だが闇の衣を破ってやったぞ、貴様の命もうすぐ終る、ザマート ……ザマート!」
ザマートは、アールブルグを見て完全に怯えていた。
だが、テタルトン将軍の怒鳴り声に反応する。
「あ、あ……敵能力……HP48600、MP2430、STR1000、SPD800、れ、レベル120。ば、化物だ……本物の化物だぁ!!」
「速度上昇スキル『疾風』さあ、これで我の速力は1200になった。では闘おう」
「くっ、如何なる化物だろうが、身体は1つ! 少しずつ確実にダメージを与えるのだ。30レベル以下は援護! レベル30を超える兵は攻撃ぃ!」
テタルトン将軍の激で、部隊は持ち直した。
テタルトン部隊では、魔法攻撃が行える兵が、魔法士を含めて13人いる。
その13人が一斉に攻撃を仕掛けた。
アールブルグはその13発の内、2発を避ける。
「魔法を避けた? 速すぎる……」
「気負うな! たったの2発だ。残りは命中したぞ、さあ障壁を張れ!」
「魔障壁」
「魔障壁」
「障壁」
「障壁」
「障壁」
赤色の防御膜が展開する。
「光破LV6」
直径にして60メートル以上の光の玉がテタルトン部隊を襲う。
「う、うわぁぁぁぁぁ!!」
「うぎゃぁぁぁぁっ」
「ぐえっ!!」
「ひ、ひぃぃぃぃぃ!?」
「や、やめろぉぉ!」
40人以上の兵が、光波の餌食になり、18人の兵が一撃で命を失う。
「くっ、暫く魔法攻撃は来ない! 一気に畳み掛けろっ」
テタルトン将軍も前線に出て、攻撃を繰り出す。
しかし、攻撃のほとんどは硬い鱗に弾かれ、ダメージが通らない。
しかも、アールブルグの爪は凶悪に伸び、テタルトン部隊を襲う。
「回復だ! ヒールポーションを使え!」
魔石を産み出す地下迷宮のある都市より、価値が2倍もするヒールポーションを惜しみ無く使う。
「壁」
「硬壁」
術者の前に青い防御膜が張られる。
「クククッ、いいぞ。強い強い。そんな強者の絶望と恐怖は如何程の価値になるのか」
戦いが長引くにつれて、テタルトン部隊に恐怖の色が濃くなる。
そう、大魔法と言われる6段階目の攻撃魔法を警戒しているのだ。
そこで、テタルトン将軍は失敗を1つしてしまった。
物言わず怯えていたザマートに、残りのMPを聞こうとして、話しかけたのだ。
「ザマート、化物の残りのMPは? ……ん? ザマート」
「は、はい……MP1680ですが、HPが、HPがほとんど減っていません! アールブルグHP48165」
テタルトン将軍は戦慄した。
あれだけ攻撃を与えたと言うのに、自信の2回分のダメージしかないと言う事実に。
自分以外の攻撃はあの鱗を通す事すら叶わないのか? と考えた。
しかも、魔法攻撃は全く効いていない計算になる。
実際は、テタルトン将軍が2回、他の戦士の攻撃は1回、ダメージを与えていた。
「んん~、良いぞ、良いぞ! 恐怖と絶望の混じった素晴らしい気配。さぞやあの方も喜ばれる事だろう。行くぞ、攻撃力上昇スキル『怪力無双』」
アールブルグは、STRを上昇させるスキルの5段階目を使った。
「ひいっ!? STR1700に上昇、ダメだ全滅する!!」
この一言で、陣形が崩れた。
自分より何倍もあるステータス。
ダメージの通りにくい硬い鱗。
魔法ダメージは受けない肉体。
最高レベルのテタルトン将軍の10倍以上のHP。
そして、数々の高レベルスキル。
攻略の糸口さえ見えなかった。
戦いを諦めなかった、テタルトン将軍以下3名は、アールブルグに立ち向かいうが、一方的にいたぶられる様にしか見えなかった。
ついに逃げ出す、テタルトン部隊だったが、アールブルグのSPD1000を超すステータスには無力だった。
そして戦えるのがテタルトン将軍独りになった。
「素晴らしい、素晴らしいぞ将軍よ、お前みたいなレベルの兵が後十数人もいれば、こうはならなかっただろう」
「くっ……」
テタルトン将軍は、屈辱にまみれながらも言い返す。
「たしかにな……しかし我が帝国24人の将軍ならば、お前ごときを倒せる事が解った。『三重の災厄』の代表者がこれでは、我が帝国に……人間に頼るしかないか……」
アールブルグは、戦い傷つき、動けなくなったテタルトン将軍の耳許で囁く。
「我は『サンジュウの災厄』の窓口でしかないぞ? よって我が一番強いわけではない?」
「なっ!? お前が『三重の災厄』のボスじゃないのか?」
「ふっ、我らに階級はない、皆平等である。だが、我より強い『サンジュウの災厄』たしかにいるぞ」
「ば、バカなっ、そんな訳、あるはずがない! あれ以上の化物など、いるわけが……」
だが、テタルトン将軍は直感で気づいてしまった。
アールブルグの言葉は、嘘ではないと。
「クククッ、やっとお前から絶望が採取出来た。たしかテタルトンと言ったか。その傷ではもう助からないが、冥土の土産に我等の部屋で死ぬがいい」
テタルトン将軍は担がれ、見たこともない場所まで連れていかれた。
そこには、残り2人の闇の衣を纏った者がいた。
2人は振り返ると、待ちきれなかったかの様に、話し始める。
「同志アールブルグ、同志ジフテリア、もう少しで我々の仲間がすべて揃う」
「同志ヘルパンギーナ、長かったな。あの忌々しい神の結界で、力のある我々は1ヶ月に1人しか、この世界に来ることが出来ない」
テタルトン将軍は過去の記憶を探る。
(たしか、サンジュウの災厄とは1年以上も前から繋がっていたはず。ならば、三重の災厄は少なくとも12人はいると言うのか? それに、神とはいったい……)
今度は、ジフテリアが力を込めるように話す。
「だが、それも後4人で終わる。この世界を地獄に塗り替え、絶望、恐怖と悲しみに満ちた世界を創ろう。我等が魔王ダムドー様が配下『三十の災厄』がな!!」
もう数分で絶命する筈のテタルトン将軍は、事の重大さを、たった今理解した。
(『三重の災厄』とは『三十の災厄』だったのか。『災厄級の化物』が『三十体』もいることだったのか……不味い……このままでは、ユーフォリア大陸が、この世界が地獄と化してしまう……)
この男は、これから起きるであろう世界の未来を想像し、絶望しながら逝った。




