【九十七 高翠蘭】
街の人から聞いた建物は、周囲のものより一回り大きな立派なものだった。
入り口の前には青、白、赤、黄、緑といった五色の旗が風に揺れている。
その建物の前では使用人と思える少年が箒で道を掃いていた。
「あの……」
玄奘がその少年に声をかけるより先に彼の方が気づき、悲鳴をあげて建物の中に駆け込んで行った。
「奥様ー!奥様大変でございます!!旦那様が!」
外にまで聞こえる大声で、おそらくこの男の妻であろう女性を呼んでいる。
「この豚のおっさん、人間と結婚してんのか?」
それなら人間に化けて街で暮らしているというのも納得できる。
玄奘たちは戸惑い、互いに顔を見合わせた。
少年が大声で男の妻を呼んで数分後。
建物の中から長い髪の毛を一本の三つ編みに結い、烏斯蔵国の伝統的な遊牧民風の着物を着ている女性が少年に手を引かれて出て来た。
「まあまあまあ!こんなに酔って!」
女性は背負われている豚男を見ると驚いた様子で駆け寄って来た。
歳の頃は玄奘と同じくらいの十八に見える。
頭には中央に大きな金属の円のある、色とりどりのビーズが連ねられた飾り。
一つにまとめた三つ編みには入り口ではためく旗と同じ五色の紐が編み込まれている。
そして女性の背後には体格のいい男性が二名。
「こんなに若くて美人な子がこのおじさんの奥さんなの……?」
玉龍は怪訝そうに何度も女性と男を見比べて言う。
玄奘と孫悟空も同感だったが、「どんな相手を生涯の伴侶に選ぶのかは個人の自由だ」と玉龍に言う前に、建物から出て来た三人はあっという間に玄奘たちのところへやって来た。
「夫を連れて来ていただきありがとうございます、私は高翠蘭ともうします。さあ、あなたたち、お願いしますよ」
高翠蘭と名乗った豚男の妻に促され、体格のいい男たちがあっという間に酔い潰れた豚男を受け取り二人がかりで担いだ。
「あっ……」
その瞬間、彼の頭部を隠していた布が取れてしまい、変化が解けた豚の頭部が顕になってしまった。
玄奘たちはあわてたが、それは杞憂だった。
高翠蘭をはじめ、その豚の頭部を見ても誰一人として驚かなかったのだ。
「全く、こんなになるまで一体どうして……」
それどころか高翠蘭は心底その男を心配するようにその頭に触れ、つぶやいたのだ。
「ね、どういうこと?」
玉龍の疑問に玄奘も孫悟空も答えられず、ただその様子をみていることしかできない。
「皆様もさあ、どうぞ中へ」
「えっ?いえ私たちは……」
「遠慮などなさらず、ぜひ」
高翠蘭に促され、いつの間にか出て来た男たちにあっという間にそんなに多くない荷物を持たれてしまった。
「え?ちょ……待っ……」
そして玄奘たちは、あれよあれよという間に建物の中に流されるように入ってしまった。




