【八十九 阿修羅の火焔】
阿修羅身となった観音菩薩は雲に乗り真っ直ぐどこかを目指し山中を飛んでいく。
まるで観音菩薩は目的地──黒風怪のねぐらの場所がわかるようだ。
「観音菩薩は黒風怪がどこにいるのかわかるのか?」
「あの袈裟は私が仙気を込めて織り上げたものです。わからないわけがないでしょう」
孫悟空の問いかけに、もちろん、と鼻を鳴らして観音菩薩が答える。
「お、おう……そうか……」
三面同時に喋るので孫悟空は圧倒されてしまい少し距離を空けた。
多くの妖怪や異形の神仏と戦ったことがある孫悟空だが、観音菩薩の阿修羅身のように強い闘気を持つ相手とは未だに見えたことはない。
(俺様、一緒に来た意味あるのかな……)
そうして観音菩薩の先導でついたのは、一つの洞窟だった。
そこには葉を落とした木々に囲まれた、熊一頭分が入れるくらいの大きさの穴があいている。
「ここです。ここから私の仙力が漏れています」
「俺には何も見えないけど……」
観音菩薩は無言で、真ん中の腕に持っていた弓に複数の矢をつがえ、放った。
放れた数十本の矢はトトト、と静かに入り口を塞ぐように地面に刺さる。
そして一番上の左手に持った日輪をかざし、地面に刺さった矢に火をつけた。
たちまち炎は大きくなり、洞窟の入り口を炎の壁で塞ぐ。
「これ、山火事になっちまうんじゃ……」
乾燥した冬山の木々に燃え移ったらとんでも無いことになる、と孫悟空は心配になった。
「ああ、大丈夫ですよ。余計なものは燃やさない炎ですから。無関係な山の動物たちを殺生するわけにはいきませんからね」
確かに炎は木々に届くほど高く燃えているが、その炎が燃え移る様子はない。
「フン!」
観音菩薩は腰に下げていた剣をぬくと、炎の反対側で振るい、力任せに岩壁を破壊した。
「ギャーーー!!」
ガラガラと岩壁が崩れたと同時に悲鳴がして、中から錦襴の袈裟を抱えた黒風怪が飛び出してきた。
「ヒェエエエエエ!な、なんじゃあこりゃああああ!わしの寝床が、わしの寝床が!!」
だが入り口は炎に塞がれ、寝ぐらも崩れ落ち戻れず、黒風怪は右往左往する。
「おや、錦襴の袈裟を持ってくるとは……褒めて差し上げねばなりませんね」
そう言って観音菩薩は炎を切り裂き黒風怪の前に降り立った。
「な、なんじゃいキサマは!」
「そちらの袈裟を返していただきに参りました」
袈裟を隠すように後ろ手にして怒鳴る黒風怪に、観音菩薩は阿修羅の顔をしながらもにこやかにいう。
だが黒風怪は錦襴の袈裟を後ろ手に持って隠して首を振る。
「この袈裟はわしが坊主から寒さを凌ぐようにともらったんじゃ!もうわしのもんじゃ!」
「違います。それはあなたがあの子から奪ったものです。この私の目はごまかせませんよ」
観音菩薩がピシャリと言うと黒風怪はぎくりと顔をこわばらせた。




