【八十六 止まらない孫悟空のお説教】
山の幸をふんだんに採取しホクホクしながら戻ってきた孫悟空だったが、玄奘の錦襴の袈裟がなくなったことに気づき顔面を蒼白にした。
錦襴の袈裟は以前、玄奘を守る力を発揮した特別なものだ。
それを盗んだのは下っ端妖怪だとはいえ、妖怪がそれを手にしたら何が起こるかわからない。
それにあの袈裟は皇帝から下賜されたものだと玄奘は言っていたが、あの力を考えるに、絶対に観音菩薩が何かしら関わっている代物だ。
(それが奪われたと観音菩薩に知られたら……!)
孫悟空はぶるりと背筋を震わせ玉龍を見た。
「玉龍、冬も間近のこんな山の中に薄着の、しかも人間のジジイがうろつくわけねぇだろ!世間知らずのお師匠様ならともかく、お前はそいつが妖怪だって見破られたはずだろ!」
「んなっ!私が世間知らずですって?!」
「ボクは龍宮の王子だもん!世間知らずだもん!あれは黒熊のおじいちゃんだと思ったんだもん」
胸を張って言う玉龍の隣で玄奘が驚いた顔をする。
「玉龍はあのご老人が妖怪だと知っていたのですか……?」
「ごめんなさい、おシショーさん。ボク、あのおじいちゃんが妖怪だって知ってて言わなかったの。おシショーさんもわかっていてあのおじいちゃんに優しくしてるとばかり……」
「やっぱりな!玉龍、人間じゃないってわかってたなら止めなきゃだめだろ!」
「だっておじいちゃんが怪しい動きしたら食べればいいやって思ったんだもん」
「た、食べる?!」
玉龍の過激な物言いに玄奘は目を白黒させた。
「まあ動きがはやすぎて食べられなかったけどね……」
残念そうに言う玉龍は頬を膨らませて悔しそうに言う。
「まあ、盗まれたのが袈裟だけだったのは幸運かもしれないな。ただでさえお師匠様は妖怪たちから狙われやすいんだから」
捕まってたら今頃その妖怪の腹の中だろうな、と孫悟空はつぶやいた。
玄奘に限らず、妖怪たちの間では坊主を食うと妖力が上がると言う迷信が少なからず信じられている。
その坊主が真面目で、きちんとお勤めをしているほどその肉は美味く、取り込んだ時の力の増幅は大きいのだと。
だから妖怪は坊主を見つければどうにかしてその体を喰らおうとあの手この手をつかうのだ。
そんな孫悟空の呟きに玄奘はムッとした。
「聞き捨てなりませんね!こう見えても私は寺から“脱走の玄ちゃん”と恐れられていたんです!逃げ足には自信がありますよ」
スパーンと自分の足を叩いて脚力を自慢げに言う玄奘に、孫悟空はドッと疲れを感じて項垂れた。
「そうですよね、お師匠様はあの五行山をのぼりましたもんね!でも俺様が怒ってるのはそこじゃないの。今回は錦襴の袈裟を渡したことが問題だと言ってるんです!」
孫悟空の言葉に玄奘は居住まいを正してコホンと咳払いをした。
「悟空、あなたは月のウサギの話を知っていますか?」




