【八十五 怪しい老人】
孫悟空を見送り、玄奘と玉龍は火を起こすための枯れ枝を集め始めた。
「火はボクがチョチョイとつけちゃうよ!任せてね!」
明るくいいながら集めた枯れ枝に火を吐く玉龍を見た玄奘は、彼を頼もしく思い微笑んだその時だった。
「ああ、寒い……冬の山は寒いのう……凍え死んでしまう……寒い寒い……」
黒い着物を着た、ざんばら髪の老人がふらりと現れた。
「そんなに薄着でどうしたんです!さあ火のそばへ!」
老人は外套も着ずに薄手の着物一枚で、山道を歩くのに不便そうな粗末な草履を履いている。
玄奘は驚いて老人を支え、手を引いて火のそばまで連れてきた。
「あれ、おシショーさん、そのおじいちゃん……」
「このままでは命に関わります。この方にも火を」
何かに気付いた様子の玉龍だが、玄奘はそれには気にもとめずに老人に温めた茶を淹れてやる。
(おシショーさんがいいなら別にいいか……)
玉龍もそれ以上は何も言わずに自分もお茶を飲んだ。
「さあ、これを」
老人はありがたがって何度も礼を言いながらお茶を飲んでいる。
「ああ温かい、温かい……ありがたやありがたや」
「山の夜は冷えます。こちらを」
玄奘は羽織っていた錦襴の袈裟を外すと老人の肩にかけた。
「おシショーさん、それって……!」
いいの?!と玉龍は驚いて立ち上がった。
「良いのです。ご老人がこんな薄着でいるのに、自分が暖かい格好をするわけには行きません」
「なんと!お坊様……ありがとうございます、ありがとうございます」
老人は涙を流しながら手を合わせて礼を言う。
「ええ、大丈夫かなあ……だってそのおじいちゃん……」
玉龍の呟きに玄奘は苦笑する。
「そんなに疑うものではありませんよ玉龍。さぁおじいさん、お茶のおかわりはいかがです……」
そう言って玄奘が振り返ったとき、老人の姿は
忽然と消えていたのだった。
「えっ?さっきまでいましたよね?!」
「やっぱりやられた!」
慌てて玄奘は辺りを見まわし、暗くなった茂みを覗いたりする。
玉龍は悔しそうに唇を噛んだ。
「がははは!ばーかめ!人と妖怪の区別もつかぬひよっ子坊主めが!このキラキラした袈裟はこの黒風怪様がいただいていく!」
森に響くのは、先程の弱々しい老人の声ではなく、嫌味を含んだざらざらしたダミ声だ。
「そ、そんな……!」
玄奘が後悔しても全てが遅かった。
こうして、玄奘の錦襴の袈裟は奪われてしまったのだった。
「あらあ……なるほどね」
浄玻璃鏡を見た恵岸行者は観音菩薩の様子がただならぬものだったことに合点がいった。
玄奘のために作った袈裟を底辺妖怪に奪われたのだ。
確かに「とんでもないこと」だ。
観音菩薩から留守を命じられた恵岸行者は、予想以上の事態に言葉も出ずただ浄玻璃鏡を見ていることしかできなかった。
「まあ、お師様なら手加減するだろうし大丈夫、大丈夫……だよな?」
呆然とした様子の観音菩薩を思い出しつつ、自分を安心させるように恵岸行者はつぶやいた。




