【八十三 玄奘、かつての恩人の情報に胸躍らせる】
孫悟空からその話をきいた玄奘は驚いた。
(その方って、もしかして沙和尚?!)
その特徴的な髪と肌の色合いから思い当たる人物は、玄奘の記憶の中ではひとりしかいない。
緊張から鼓動が早まり、息が荒くなる。
孫悟空に確かめなければと思うのに言葉が出てこない。
思えば沙和尚と呼んでいた天界の武人の本名を玄奘は知らないのだ。
「えっと、それボクが戦おうとしたケンレンタイショーって人のこと?」
「そうだけど名前が違うよ、いまは河伯だって言ってただろ」
「あーそうそう、そんな名前だったね。セイラン君の父上のカハクさん。すごい筋肉がムチムチしてて美味しそうだったよね〜!」
玉龍がうっとりと言った途端に孫悟空が半目になりジトリと玉龍を見る。
「……お前、反省したんだよな?」
「したよ!したけどさ、思い出すくらいいいじゃん!」
そんな二人のやりとりには構わず、興奮した玄奘は孫悟空の肩を掴んで揺さぶった。
「それで、その方は──河伯殿はどちらに?!」
「な、なんでもそいつも観音菩薩からのお役目があるとかで、流沙河の住処にもどっていきました」
「流沙河……」
ここからはだいぶ離れたところにある、寒い地にある大きな河だ。
でもそこに行けば確実に沙和尚かもしれない河伯に会えるのだ。
「ねえねえ、あのおじさんとオシショーさんは知り合いなの?」
ただならぬ玄奘の様子に少し怯えた様子の玉龍が訊ねる。
「知り合いというかなんと言うか……」
自分の前世で関わりがあった人物だなどと言ったところで二人に信じてもらえるとは思えない。
ましてや前世の記憶だなんて、長い時を生きてきた悟空と玉龍にはピンとこないかもしれない。
玄奘は孫悟空の肩から手を外してうつむいた。
「その昔、とても世話になった方に似ているなと思ったものですから、もしかしたら同一人物かと」
「へえ、お師匠様って交友関係広いんだな。捲簾大将って言ったら天帝の元近衛だぞ」
確か馮雪として出会った時は天界の武人だと言っていた。
(絶対、沙和尚だ……)
「なんでも近くに寄ったら美味い魚料理を食わせてくれるって言ってましたよ」
「魚……ですか」
沙和尚と釣りを楽しみ、獲れたての魚を一緒に食べた記憶が蘇る。
どんどん確信となるその予感に、玄奘は居ても立っても居られなくなってきた。
「あ、でもオシショーサマはオボウさんだからお魚は食べられないね」
「え?え、ええ、そうですね……」
呑気な玉龍の言葉に玄奘は苦笑いをする。
魚などはこの際どうでもよいのだ。
とにかく沙和尚に会いたい。
ただそれだけ。
気持ちはどんどん強くなって、そんな気持ちを落ち着かせるように玄奘は深呼吸をした。
「まあ、流沙河は天竺に行く途中に通る道なので、そのときに河伯がいたらお師匠様に紹介しますよ。それとも今すぐ觔斗雲に乗って行きますか?」
孫悟空が気を利かせて訊ねると、玄奘はハッとして首を振った。
いざこれから会うかと聞かれたら、玄奘の心の準備が追いつかなさそうで、途端に挫けてしまった。
あんなに会いたかったのに今は会いたくない気持ちになっている。
「いえ、縁があれば会えるでしょうから……お気遣いありがとうございます、孫悟空」
「そうですか?お師匠様がいいならいいですけど……」
そう言って孫悟空は前を歩き出す。
「沙和尚……きっと、きっといつか会えますよね……!」
自身の複雑な気持ちに戸惑いつつ、期待がどんどん膨らんでいき思わず呟く玄奘であった。




