【七十八 哪吒、兄である恵岸行者に甘える】
やがてげっそりと疲れた様子の哪吒太子と、玉龍と青鸞童子が戻ってきた。
「おい哪吒、大丈夫か?」
「……」
孫悟空が心配して声をかけるが、ヨレヨレの哪吒太子は返事をする元気もないようで、掠れ声で何かを呟いて切り株に腰掛けた。
「哪吒兄様、村の人たちからもみくちゃにされてしまって」
鳥の姿から人型に戻った青鸞童子が心配そうに哪吒太子の様子を伺いながらいう。
災難に遭った人間たちにとって、伝説で語り継がれてきた哪吒太子が龍と伝説の鳥、青鸞と共に現れたのだから、もう大騒ぎだった。
「ナタちゃんすごい人気だったねえ!ボクびっくりしちゃった!」
「あぁ?誰のせいだと……!」
玉龍がご機嫌で言うと、哪吒太子にじろりと睨まれあわてて口をつぐんだ。
そもそも玉龍が暴れなければ村は無事だったし哪吒太子が行くこともなかったのだ。
「哪〜吒!久しぶりに兄ちゃんが髪を結ってやろうな」
そこへ河伯の刀剣罰代わりの打ち合いを終えた恵岸行者がウキウキと軽い足取りでやってくる。
「え、いいの?」
その言葉に疲れ切っていた哪吒太子の顔がパッと明るくなった。
普段から離れて過ごしている哪吒太子は恵岸行者に髪を結われて嬉しそうだ。
「河伯」
そんな二人の様子を微笑ましく見ている河伯に観音菩薩が声をかけた。
「恵岸からきいていますね?あなたの役目について……」
「はい」
先日恵岸行者から教えられた、西の国にお経をとりに行く僧侶の護衛をする役目のことだ。
「もう間も無くです。時はすぐにきますから、くれぐれもよろしくお願いしますよ」
「はい!」
観音菩薩の願いに河伯は頷いた。
河伯の予想ではその僧侶はかつて馮雪だった者だ。待ち遠しくてたまらない。
「なあ河伯」
「ん?なんだ」
「お前も俺たちと来ないか?」
観音菩薩と入れ替わるようにして河伯に話しかけてきた孫悟空の傍には、人の姿に変化した玉龍がいる。
玉龍はその体の鱗と同じ、虹色に光る髪をしている。
服装は、見た目は簡素な袍衣だが、よく見ると生地と同じ色の糸で細かな模様が刺繍されており、控えめだが豪奢な作りだ。
ただ玉龍はまだ完璧に人の姿を取れないため、頭には龍の時の同じ角かあり、耳も同じく長い龍のそのままである。
二人はこれから玄奘の元へ戻るのだが、龍の姿で戻れば玄奘を脅かしてしまうかも、と変化したのだ。
それに龍の姿で飛ぶよりも孫悟空の觔斗雲に乗った方がはるかに早く移動できると考えたからだろう。
河伯は孫悟空からの言葉の意味を少し考えてから首を振った。
「ありがたい話だが、お前も今聞いていただろう。俺にも役目があるんだ。その役目を達成せねばならん」
「そっか……」
「俺はこの河のもっと山の方に住んでいる。よかったら今度、お前のお師匠様と一緒に来るといい。うまい魚でもご馳走しよう」
「えっ、お魚?ボクお魚もだいすき!」
玉龍は嬉しそうに顔を輝かせた。
「おう。そん時は寄らせてもらうわ。じゃあ元気でな」
「お待ちなさい。玉龍、これを」
孫悟空の觔斗雲に乗り込もうとした玉龍を観音菩薩が呼び止めた。




