【七十四 玉龍、謝罪する】
玉龍が観音菩薩のお説教を受けている頃。
三つの川の近くの村に避難所を作り終えた河伯は、落胆しつつもほっとしていた。
なぜ河伯が落胆しているかというと、どこの村にも馮雪の生まれ変わりがいなかったからだ。
あの濁流に巻き込まれ怪我をしたものはいたが、村長に確認すると幸いなことに行方がわからないものや死者はいなかった。
ただ、やはりどこの村でも夜叉と羅刹たちでは村人たちの避難に手間取り、河伯の見た目も特殊な出たちだったものだから、結局後から追ってきた青鸞童子の力を借りる事になった。
「村の皆さんが無事で良かったですね」
最後の村を後にして青鸞童子が言う。
相変わらず雨が激しく振っているので、荒天では空を飛べない青鸞童子は河伯の雲に乗っている。
「夜叉と羅刹たちが早く駆けつけてくれたおかげさ。青鸞もありがとう、村人たちを誘導してくれて。お前がいなければもっと時間がかかっていた事だろう」
「いえ、僕にできることをやっただけですから」
そう謙遜しつつも義父に褒められた青鸞童子は照れ臭そうに頭をかいてはにかんだ。
この豪雨の中、人間たちの体力がいつまでもつか河伯は心配だった。
彼らの脆さを河伯は知っているからこそ尚更に。
「ところで玉龍はどうなった?」
「哪吒兄様と孫悟空さんが戦っていたのですが、孫悟空さんとの一騎打ちの後玉龍は川に落ちました。今は川底にいてそのまま出てきません」
「そうか」
その時、それまで厚い雲が覆っていた空が明るくなった。
玉龍の心象を映す暗雲が晴れたということは。
「どうやらうまくいったようだな」
空にかかる虹が河伯の言葉を肯定するように光っていた。
河伯と青鸞童子が海と河の境に着くと、そこには水面を覗き込む孫悟空と哪吒太子の姿があった。
「遅いぞ河伯」
河伯に気づくと孫悟空がどかどかと足を鳴らして大股でやってきた。
「何やってたんだよ。ま、玉龍は俺様がガツンと一発やっといたけどな」
「それで河の底から浮かんでこなくて困ってるんじゃないか」
呆れたような哪吒太子の言葉に孫悟空は「ウッ」と言葉につまり気まずそうな顔をした。
その二人の様子がなんだかおかしくて、河伯と青鸞童子は顔を見合わせてわらった。
「もう雨は上がった。大丈夫だよ」
ひとしきり笑ったあと、河伯は空を見上げて言う。
「ええ、玉龍の元にはお師さまが向かいましたので、もう間も無く……」
河伯の言葉に頷いた恵岸行者が言い終わるか終わらないかのうちに、言葉通り水面から観音菩薩と玉龍が現れた。
玉龍は頭を垂らし、先ほどまでの生意気な態度からは想像もつかないようなおとなしさだった。
「玉龍」
観音菩薩に促され、玉龍はゆっくりと顔を上げた。
「あ、あの……ボク……」
緊張しているのか、玉龍は小さな声で呟きながら口をもぐもぐとさせ、両手の指を突き合わせてあたりに視線を泳がしている。
観音菩薩が玉龍の背に手をあてると、玉龍は何かを決意したような表情で、ようやくまっすぐに顔を上げた。
「ごめんなさい!」
そして大きな頭を下げてはっきりと謝罪の言葉を言ったのだった。




