【七十一 河伯、過去の記憶に苛まれる】
青鸞童子が河伯を見つける少し前。
玉龍を追って雲を走らせていた河伯は、行く先々にある川沿いの村が濁流で崩壊している様子に、あの時のことを思い出してひどく狼狽えていた。
あの時──阿千村が異民族に襲われ馮雪を助けられなかった時のことだ。
「……っ」
もしこの川沿いのどこかの村に転生していた馮雪がいて、この濁流に巻き込まれていたらと思うと河伯は胸が張り裂けそうだった。
「馮雪……馮雪っ」
河伯はその記憶に未だ震える体と心に驚愕した。
どんなに時が過ぎても忘れられない、あの時の絶望は今も河伯を苛んでいる。
河伯はいても立ってもいられずに玉龍を追うのをやめ、まずは救助だと手近な村へと向かったのだった。
どんよりと重く垂れ込める灰色の雲の下、とある村では村人たちの救護命令を受けた、托塔李天王の眷属の夜叉と羅刹たちが逃げ惑う村人たちに四苦八苦していた。
「ヒィイイ!バケモンじゃあああ!」
「来ないで、来ないでええ!」
「若いもんは食わせん!食うならこの年寄りを食え!」
眷属たちの見た目が恐ろしいため、村人たちから恐れられ、救助もままならないようだ。
ポツポツと再び降り出した雨は次第に強さを増している。
村人たちの体力も心配だ。
村人たちの中にはお年寄りも子供もいるのだ。
河伯はすぅ、と息を深く吸い込んだ。
「こちらは托塔李天王の眷属である!天帝の命により、あなたたちを助けにきた者たちだ!」
その大声に村の騒ぎはピタリと止まる。
「この私もまた、そうである。怪我人は羅刹部隊が、瓦礫の撤去は夜叉部隊が行う。とにかく無事なものは──」
本当は河伯は眷属でもなんでもないのだが、村人たちにはそれが嘘でも関係ないだろう。
彼らの命を救えるのなら嘘をつくなどなんてことはない。
河伯はあんな後悔──馮雪を失った時のような気持ちを誰かに味わわせたくないと強く思った。
河伯は素早く何かを唱え、降妖宝杖をぬかるむ大地に突いた。
すると、水を免れた小高い丘の上に村人たちが入れるくらいの簡易な建物が構成された。
「あちらの建物に素早く避難すること。指示は──」
「義父上!」
河伯が誰にしようかと考えていると、そこへちょうど青鸞童子が降り立った。
「おお、神々しい!」
「蒼き天の鳥の子じゃ!」
臨戦態勢だったお年寄りたちは、青い翼をはためかせて降り立った青鸞童子をありがたがって、土砂降りの中その場に手を擦り合わせながら座る。
「え、何、なんですか?!」
人の姿に変化した青鸞童子にさらにどよめく村人を見て戸惑う青鸞に、河伯は眉尻を下げ笑った。
「青鸞良いところに来てくれた。ここの村人たちをあそこに避難させてくれ。俺は残り二つの他の村にもあれと同じものを作ってくる」
「え、義父上?」
「皆、この子について行くように!夜叉、羅刹、頼んだぞ」
河伯はそう言い残し、残りの二つの村に行き同じように急拵えの避難所を設置したのだった。




