【六十九 孫悟空、話の通じない玉龍に苛立つ】
玉龍は単身突き進んでくる孫悟空に気づくと、鼻筋に皺を寄せて険しい表情を作り威嚇した。
「あっお前!さっきはよくも顎を打ってくれたな!!ボクになんの恨みがあるのさ!?」
玉龍の物言いに本当に自分が悪いと思っていないのを知った孫悟空は呆れてしまった。
振り回される尾と鉤爪を如意金箍棒でいなして避けながらため息をつく。
「だから何度も言ってるだろ、お前は俺のお師匠様の馬を食ったから俺に追われているし、暴れて人間たちを困らせているから天帝に討伐されかけているんだって」
孫悟空がご丁寧に説明してやると、玉龍はありえない、と叫んだ。
「お腹が空いてて、目の前にご飯があるのに食べちゃいけないなんてそんなことある?」
玉龍は炎を吐いて悲痛な声で言う。
「だ・か・ら、お前が食ったその馬はお前のものじゃなくて、俺のお師匠様の乗り物だったんだよ!よその人のもの!わかる?」
「じゃあボクに飢え死にしろって言うわけ?」
「いや他の食い物を探せよ!」
「目の前に食べ物があるのに?!」
「だーかーらー!あー、もうっ!その馬はお前のものでもないし野生の馬でもなかったの!立派な鞍が乗っていただろ!」
「そんなのみてなかったもん!でも味は最高だったけどね」
味を思い出してうっとり言う玉龍に、孫悟空は緊箍児が締め付けられていないのにひどい頭痛を感じ、額に手を当て天を仰いだ。
「ボクはただご飯を食べていただけで何もしてないのに、お前や髭の鎧のおっさんもなんか引き連れてボクを攻撃してくるし、あの猛禽だって……」
「青鸞はお前が食べようとした河伯の息子だ。怒るのは当たり前だろ。あと親父さん──托塔李天王は天帝の命令で出陣してきたんだよ」
「なんでさ!ボクはお腹が空いてただけなんだよ!」
自分は悪くない、と主張し続ける玉龍に、孫悟空の堪忍袋はもう限界だった。
玄奘に乱暴はダメだと言われて我慢していたけど、もう──!
「こんなに言ってもわからないなら、水の底ですこし頭を冷やして考えてこい!」
とうとう堪忍袋の緒が切れた孫悟空は玉龍の吐く炎を交わし、その勢いを利用して脳天に一撃、如意金箍棒を振り下ろした。
「ぐぇっ!」
玉龍はぐらりと上体をのけぞらせ、白目を剥きながらそのまま川の中に落ち沈んでいった。
ぷくぷくと川面から上がる気泡はやがて消え、水面は静かになった。
「おい、どうするんだよ孫悟空……玉龍本当に出てこないじゃないか」
玉龍が沈んでしばらくしてから哪吒太子がやってきて孫悟空の隣に立つ。
「あー……どうしよう?」
孫悟空は玉龍がすぐに「なにするんだよー!」と上がってくると思っていたので、完全に計算を外したことに内心焦っていた。
「そうだ、哪吒の縛妖索貸してくれよ。それでチョイっと釣り上げるから」
釣り上げる身振りをして言う孫悟空に、哪吒太子は困った顔をして首を振った。
「あれは今青鸞に貸してるから持ってない」
「そっか……どうすっかなー」
孫悟空と哪吒太子が水面を見ながらあれこれと考えていると、背後に気配を感じて二人は振り返った。
「お困りごとですか?」
にこやかに言うその声の主は。
「観音菩薩!」
「観音菩薩様!」
そこにいたのは恵岸行者を伴った観音菩薩だった。




