【六十七 恵岸行者、龍王夫妻に約束をする】
「大丈夫ですよ。僧侶にはお供が他にもおりますので、悪いことをしたら叱ってくれますから」
「ふむ……」
「お供の一人には捲簾大将もおりますので、敖閏龍王陛下と富嘉龍王妃殿下の不安を取り去るには十分かと」
恵岸行者のその言葉に夫妻は顔を見合わせた。
「捲簾大将がいるなら、まぁ大丈夫かもしれんなあ」
「え、ええ……」
龍神たちからの捲簾大将への信頼は高い。
彼の名を出したことで両名の不安は軽くなったようだ。
最も、今玉龍が問題を起こしている相手の一人に捲簾大将──河伯がいるとは言っていないが。
「では一筆確かに。自分はこれにて失礼します」
恵岸行者はにっこり笑い地上へと戻っていったのだった。
数刻前の出来事を思い出し、まだ響く玉龍の声に龍王夫妻は顔を見合わせたため息をついた。
「わたくしは元々あの子を勘当だなんて反対でした。なのに龍王は……!」
上二人との間がかなり離れて生まれた玉龍は一族全員から可愛がられてきた。
見た目も富嘉夫人によく似た儚さと美しさをもっていて、王子であるのが勿体無いと言われるほどだった。
だが蝶よ花よと持て囃され、成長したらわがままざんまいの困った王子になってしまった。
「仕方あるまい。天帝からいただいた我が一族の秘宝である宝珠を焼いてしまったのだから」
いくら目の中に入れても痛くない、むしろ入れてずっと眺めていたいほどの第三子といえど、けじめはつけなくてはならない。
甘やかし育てた自覚があり、その責任を取るために玉龍をあえて突き放し観音菩薩に委ねることを承諾したのは敖閏龍王の独断で富嘉夫人は事後報告されたのを不満に思っていた。
「どこかで野垂れ死なれるよりも良いだろう。観音菩薩のお弟子さんと捲簾大将もいる。あやつは我々一族だけとの世界からもっと広い世界へ行かなくてはならないのだ」
「……」
敖閏龍王は富嘉夫人を宥めるように、そして自身に言い聞かせるように呟いたのだった。
一方で全く開かれない海への道に玉龍は苛立ちから癇癪をおこしていた。
「なんだよ……なんだよなんだよなんだよ!ボクは玉龍なんだぞ!ここを開けろよぉ!!」
海馬は首を振り、玉龍をじっと見ている。
これはチャンスと、玉龍は目を潤ませ海馬を見上げた。
「ねえ、海馬。お願い、ここを通して?」
だが海馬は大きなため息をついただけで、玉龍の望みを叶えてはくれなかった
「よくよくご自分のなさったことを考えるように、とのことです。海馬はこれにて失礼致します」
「あっ、おい待てよ!海馬!」
海馬は玉龍の静止も聞かず、サメたちと共に海の奥へと去っていった。
残された玉龍は呆然としていた。
自分がこんなに雑な扱いをされたことがあっただろうか、と。
自慢ではないが母親譲りの美貌で、何か失敗しても目を潤ませ上目遣いで小首を傾げてみれば大抵許された。
龍宮の宝珠を失った時も、天帝からの宝を壊した罪で死刑だったはずが、蛇盤山での期限付き隠居生活だった。
「なんで……こんなの、おかしいっ!」
玉龍は水面目指して急浮上した。
(あいつらのせいだ!あの赤髪のムチムチもじゃもじゃと、青い鳥と、それから、それから──!)
怒り任せに泳ぎ、あっという間に辿り着いた水面から飛び上がり、上空へと出る。
そして体を震わせて水気を振ると、キッと蛇盤山の方を見た。
そこには自分を追いかけてきた、青い猛禽を含めた托塔李天王の一団が見える。
「ボクを、舐めないでよね!」
そう叫ぶと、玉龍は空に向かって咆哮した。




