【六十六 玉龍、拒否られる】
流沙河に飛び込んだ玉龍は、河伯たちから見つからないようになるべく川底を泳ぎ、流れに乗りながら海を目指していた。
「このまま海まで行っちゃおーっと!母上なら通してくれるもんね!いままでもそうだったし」
ところが。
「いたっ!」
海との境に着いた時、そこには透明な壁のようなものがあって、何度試しても玉龍はそれ以上先には進めなかった。
「なんで通れないの?母上!玉龍です通してください!」
大声で呼びかけていると、そこへタツノオトシゴがスヨスヨと泳いでやってきた。
「海馬!ねえ通れないんだけど」
海馬と呼ばれたタツノオトシゴは表情を変えないまま首を振った。
「こちらから先に貴方様を通す事、まかりならぬとのお達しにございます」
海馬は背後にサメを数体引き連れて言う。
「なんでだよ、ボクは西海龍王が第三子、玉龍だぞ!」
「あなた様はもう龍王陛下とはご縁を切られたのでしょう」
「う……っ、それは……そう、なんだけど……」
海馬の言葉に玉龍は気まずそうに目を逸らす。
「でも追われているんだ!助けておくれよ!!」
ギャンギャンと川と海の境で騒ぐ玉龍の声は龍宮にも届いていた。
「ああ玉龍……かわいそうなことを……」
「待ちなさい、富嘉」
その声を聞いてすぐに飛び出していきそうな夫人──玉龍の母親の富嘉を敖閏龍王は引き留めた。
「我々が甘やかし過ぎたのだ。ここで甘やかせばあやつのためにならぬ。富嘉、どうか耐えてくれ」
「龍王……」
「あの使者──恵岸行者も言っていたではないか。あれはもう巣立ちの歳なのだと。我々にできることは見守るだけ。すべて観音菩薩にお任せしよう」
敖閏龍王の言葉に富嘉夫人は顔を覆いながら頷いた。
観音菩薩の弟子だと言う恵岸行者が龍宮を訪れたのはほんの数刻前。
先触れもなく訪れた客人の非常識を責めるところだが、緊急と聞いて迎え入れてみれば、龍宮を追放した息子が人間界で迷惑をかけていると聞き、夫妻は蒼白になり頭を抱えた。
「封印が破れてしまったのはこちらの落ち度なのですが、これ以上暴れられてしまうと、玉龍殿下を助けた我が師観音菩薩と、それを許した玉皇大帝の顔に泥を塗ることになり、今度こそ庇い立てできなくなります」
恵岸行者にそう言われては、敖閏龍王と富嘉夫人は一筆書くしかなかった。
「でも煮るなり焼くなり、などと書いても大丈夫でしょうか……わたくし心配ですわ。あの子が命を落としてしまうことになったら……」
「大丈夫ですよ。玉龍殿下の身の安全は観音菩薩の名にかけて保証いたします。それに、玉龍殿下の死刑回避の約束、覚えていらっしゃいますよね、敖閏龍王陛下」
「……う、うむ」
「確か……西方に経典を取りにいく僧侶の足となること、でしたわよね」
「はい。天竺までの道は険しく、人の世界の凡馬では到底辿りつきませぬゆえ、玉龍殿下にお力を貸していただきたいのです」
「でも大丈夫なのかしら……陸の上には妖怪たちもいるし、人の世界は良い人ばかりではないわ。龍の身は秘薬のかたまり。きっと酷い目に遭うわ」
富嘉夫人が心配して言うと、敖閏龍王も難しい顔をして髭を撫で頷いた。
「うむ……あの甘えたがお役目を果たすかどうかわしも心配ではある。恵岸行者どの、愚息がその僧侶どのに迷惑をかけるのではないか?」
恵岸行者は両名の不安を和らげるように笑顔を作った。




