【五十一 恵岸行者、河伯と対面する】
恵岸行者は蘇千村を出て、河伯の住処を訪ねて流沙河の上流にきていた。
観音菩薩と共に子どもに変化して河伯の元を訪れて以来の場所だ。
ざり、ざり、と川に削られ丸くなった砂利を踏み締めて進んでいくと、ごつごつした岩に囲まれた河伯の住処を見つけた。
「へぇ、結構大きいんだ」
遠隔で宝剣を操っていた時は景色しか見えなかったが、実際に見ると大柄な河伯が住むにはちょうど良い大きさだ。
恵岸行者は中の気配を探ってみたが、しんとしていて留守のようだった。
「またどこか走ってるのかな〜」
村人たちの話では流沙河を行ったり来たりと走っていると言っていた。
だが恵岸行者が来るまでの下流にはいなかった。
「お邪魔しま〜す」
恵岸行者は簾のように下がった蔦を掻き分け住処を覗いてみる。
遠隔で見た時と同じ、殺風景な場所だ。
寝台がわりにしてるだろう一段高い場所には九重の頭蓋骨が大切に飾られている。
「……」
玄奘の過去世の頭蓋骨を良くもまあ集めたものだと恵岸行者が感心していた時だった。
「誰だ」
「わっ!」
突然背後から声をかけられ、恵岸行者は飛び上がるほど驚いた。
すぐに距離をとって恵岸行者が身構えると、そこにいたのは探してた河伯だった。
「ここは俺の家だ。勝手に入ることは許さない」
「あ……すみません……こんなところに家があるとは思わず……」
恵岸行者はとりあえず旅人を装ってその場をやり過ごそうと、そう言いながら河伯をチラリと伺った。
以前はおもちマンだった彼の体はしっかりと引き締まっていて、あの頃のモチモチさは見る影もない。
体だけは、崑崙の仙女たちの視線を一身に受けていたかつての捲簾大将そのものだ。
ただし、そう、体だけ。
河伯の頬はこけ、髪はボサボサ。目は落ち窪んでその奥で金の瞳はギラギラと光を放っている。
人に見られても恐れられないように肌の色は人と同じに変化させているようだが、それでも纏う雰囲気は異様。
(確かに不気味だ……)
恵岸行者は河伯のその鬼気迫る風体にごくりと唾を飲み込んだ。
これでは人々から河原をうろつく不気味な妖怪と言われても仕方ないだろう。
「その匂い……」
「こ、これ?」
河伯の呟きに恵岸行者が葉に包まれた糫餅を見せたとたん、河伯は険しい顔になった。
「脂肪退散!」
「うわっ!」
そう叫ぶと、突然河伯が殴りかかってきた。
「ちょ、何すんの!!これは……!」
「問答無用!油分大敵!糖分大敵!脂肪退散!脂肪退散!!脂肪退散!!!」
まるで仇のように糫餅に対して憎悪の表情で怒鳴り、取り出した降妖宝杖を振るった。
「わっ、ちょ……待っ……!」
糫餅をかかえた恵岸行者は河伯の攻撃を避けながら外に逃げ出した。
「待て!!」
「ちょ、なんで追いかけてくるわけ?!もう家から出たじゃん!」
恵岸行者は慌てた。
あの沈着冷静、自分には厳しく他人には優しいという、かつての捲簾大将の姿は見る影もない。
「うぉおおおお!」
振り下ろされた降妖宝杖は恵岸行者の背後にあった岩を砕き、そのかけらが四方に散らばる。
飛んできた飛礫を宝剣で撃ち落とし、恵岸行者は河伯から隠すように糫餅を懐にしまった。
とにかくこのまま河伯を放置するわけにはいかない。
恵岸行者のように食べ物を持ち歩く旅人が襲われるかもしれない。
「あーもうっ!いい加減目を覚ませ、河伯!」
恵岸行者は宝剣を取り出した。




