【二百五十六 白骨精と干魃の女神・魃(ばつ)姫(き)】
その仙女は白い肌に梅桃色の淡い髪色。瞳の色は太陽のような金色という、崑崙山でもなかなか見かけないくらいの美貌の仙女だった。
「やあ、魃姫。慌ててどうしたのさ。君はもうすぐあちらへ出発だろう?準備は終わったの?」
須菩提祖師に魃姫と呼ばれた仙女は、涙目でふるふると首を振った。
「それどころじゃねーんだて!おら、やらかしちまったんだ!」
魃姫は須菩提祖師の肩を掴んで前後に揺さぶる。
「やいや豪気なアネサらこて。何者だ?」
ヒソヒソと白骨精が孫悟空に耳打ちをする。
(俺様わかっちゃったかも……)
孫悟空は白骨精に答えず無言で魃姫と白骨精を交互に眺めた。
「えっ、えっお前……わかんねーの?!」
「なーにが?」
同じような言葉遣いをすることから、この二人は無関係ではないだろう。
おそらく魃姫が白骨精の制作主だと孫悟空は考えた。
だが白骨精は全く気づいていない。
「っとにごしぇやけるの〜!」
自分の占断を中断されたことに腹を立てた白骨精はズンズンと怒肩で須菩提祖師と魃姫の元へと歩いていく。
「おいそこのアネサ、いまこの先生にはおれの探し人占ってもらってんだすけ、順番守りなせや!」
揺さぶられ、目をまわしかけている須菩提祖師を魃姫から引き剥がして白骨精が言った。
驚いたことに白骨精はいつのまにか須菩提祖師を先生と呼ぶようになっていた。
魃姫はキョトンとして白骨精を見て、それから扇を開いて口元を隠した。
「そらわーりぃことしたな、ごめんなすって」
須菩提祖師は髪の毛を整えながらコホンと咳払いをした。
「白骨精、少し確認したいことがあるんだ。彼女の……魃姫の話を聞いてみてもいいかな?君の知りたいことにも多分関わっていそうだし……」
「先生がそういうなら、別に……おれは構わねども……」
須菩提祖師に頼まれた白骨精はおとなしく引き下がった。
「ありがとう」
白骨精に礼言ってから、須菩提祖師は改めて魃姫に向き直った。
「すまねえなあ、ねえちゃんありがとね」
魃姫も白骨精に礼を言う。
「それで魃姫、君は何をやらかしたの?」
「すぼでえ様、おら人間たちから供えられた生贄を置き忘れてきちまったんだ!!どーしょば!」
「生贄を置き忘れた?!」
予想もしなかった魃姫のやらかしに、須菩提祖師は声を裏返してしまうほど驚いた。
「こっちぺた(崑崙山)とあっちぺた(人間界)は時間の流れがちがうろ?生贄探そうにもどうにもならねくってな、おらどーしたらいいかわからねて、すぼでえ様に相談に来たんだこて!」
「う、うん、まずちょっと落ち着こうか」
須菩提祖師は手際よく用意したお茶を魃姫に出し、さらにその背中をさすって落ち着かせる。
魃姫はお茶を啜り、ほう、と息を吐いて心を落ち着かせた。
「おらさ、日照り神だなんて人間のしょがたから呼ばれてるの、すぼでえ様もご存知らろ?人間のしょがたは旱魃が起こるとおらに生贄くれて、へぇ、おめは北へいけって頼んできてたんだわ」
魃姫は黄帝の娘で、体内に熱を蓄える力を持っている。
はるか昔の神話の時代、魃姫の父親の黄帝と蚩尤が対立していた。
敵の雨師と風伯との戦いで長引く雨風に黄帝は苦戦していた。
そこで、黄帝は天界に暮らす娘の魃姫を呼び出し、彼女の熱で雨風を退け勝利を手にした。
しかしその代償に、力を使いすぎた魃姫は天界に帰れなくなってしまった。
その場にいるだけで彼女が内に秘めている熱が周囲に旱魃をもたらすので、このままでは人間界は大変なことになってしまうと考えた黄帝は、断腸の思いで彼女を係昆山の奥深くに閉じ込めた。
だが彼女にも心がある。
人恋しくなって時折人里におりることがあった。




