【二十五、托塔李天王一家の日常】
自分を拘束しようと飛んできた混天綾をよけ、貞英は得意げに胸を逸らした。
「同じ手は通用しませんわよ!」
「それはどうかな」
哪吒太子は矢継ぎ早に乾坤圏を放つ。
普段、乾坤圏は哪吒太子の腕輪になっているので、彼が持っているものは総数六本だ。
「うわっ、ちょ、まっ!」
すばしこい乾坤圏は大振りな大槌ではその速さに追いつけない。
「今日は大サービスだぞ、そら!」
哪吒太子はさらに残り二本の乾坤圏を放った。
「ひぇっ!」
六本の乾坤圏は貞英の周りを飛び回る。
「あわわわわっ!」
目まぐるしく飛び交う乾坤圏に、貞英はなすすべなく翻弄されている。
そして数分後。
「もう、三哥の鬼!悪鬼!仏敵!」
「俺はそれを倒す方なんだけどな」
混天綾に拘束された貞英は哪吒太子に俵のように肩に担がれ喚いている。
「ふふふ、みんな仲が良くて、良き哉良き哉……」
そんな家族たちの乱闘を、ボロボロになった蓮花宮をなるべく視界に入れないようにして、吉祥仙女はニコニコと見つめていたのだった。
その晩。
「托塔李天王」
哪吒太子は托塔李天王の居城、天啓城を訪れた。
私室で書簡に目を通しながら桃蜜酒を呑んでいた托塔李天王は、突然の息子の訪問に怒ることなく手を止め顔を上げた。
「哪哪、どうしたんだ改まって。家では爸爸と呼びなさい」
托塔李天王の言葉に普段ならブチ切れている哪吒太子だが、ギロリと睨むだけで怒鳴り散らすことはなかった。
気持ちを切り替えるように息を吐き、哪吒太子はまっすぐ托塔李天王を見た。
「李天王から見て青鸞はどうでしたか?」
哪吒太子は部下として、上司でもある托塔李天王に尋ねる。
哪吒太子の気持ちを察した托塔李天王は書簡を卓に置き、「ふむ」と口髭を撫でながら考え込むように目を閉じた。
「筋は良い。さすが捲簾大将の子と言ったところだ。だがお前も考えている通り、彼は実践経験がないから型通りの動きしかできていないな」
「そうですか……」
「あれでは蓮花宮を出てもすぐ悪鬼に負けてしまうだろうな」
「……俺もそう思います」
「だから、これからは青鸞殿も今後の討伐にも同行させようと考えている。経験を積めばあれはかなりの戦力になるだろう」
「……本当ですか!」
嬉しそうな哪吒太子の様子に托塔李天王は少し驚き、笑みを浮かべた。
しかし哪吒太子はすぐにハッとして居心地悪そうに俯いた。
「しかし、哪哪がそこまで青鸞殿に目をかけるとはな」
茶化すように言う托塔李天王に哪吒太子は心底不快そうに顔を顰めた。
「青鸞は俺のただ一人の大切な友人で、一番信頼できる存在です。あの子のためなら俺は……俺はアンタに頭を何度でも下げるし命令だって何でも従いますよ」
哪吒太子はそう言って托塔李天王に頭を下げてから退室した。
「はは……それはとても重いことだな」
閉めた扉の向こうから聞こえてきた托塔李天王の言葉に、哪吒太子はうつむいた。
「重いだなんてそんなの、俺だってわかってるての、クソ親父が……」
だが青鸞をこのまま蓮花宮に留めておくこともできない。
きっと彼は捲簾大将を助けたい、力になりたいと思っているから。
いつか青鸞が独り立ちする時のために、できることはしてやりたいと言う兄心のようなものだと、哪吒太子は考えている。
「たが果たしてお前のそれは本当に兄心なのか、それとも……」
托塔李天王はそう独りごちて、再び酒を盃に注いだのだった。




