【二百十四 沙悟浄、鎮元大仙にブチ切れる】
孫悟空が須菩提印の時空甘露水を手に入れた頃、人間界では三日目の朝を迎えていた。
仙人の暮らす崑崙と、玄奘たちのいる人間界では時の流れが違う。
今日もまた、玄奘たちは人参果の切り株のところに来ていた。
最終日の今日、すでに朝日は昇り、太陽の光が切り株の綺麗な断面を照らしている。
「うーん、全然生えてこないね」
孫悟空が崑崙へ向かってから、玄奘たちは玉龍の如意宝珠を使って試行錯誤をしていた。
だが何をしても切り株は切り株のままで、元の人参果には戻ることはなかった。
「ここにいたのですか。朝食ができていますよ」
そこへ月亮と風舞がやってきた。
「まったく、お前たちはずっとここにいるのか。いい加減に飯を食え飯を」
「鎮元大仙」
二人の後ろからあくびをしながら鎮元大仙もやってきた。
「いえ、私は結構です。玉龍たちだけで」
孫悟空が崑崙を駆け回っているというのに、師である自分がのんびりと食事をするわけにはいかないと、玄奘は思っていた。
「願掛けのつもりか?お前が食事を抜いたところで人参果が元に戻るわけがないだろう」
鎮元大仙は怪訝そうな顔をして玄奘の顎を掴んだ。
「ちょっとチンゲンさん、何するのさ!オジさん、ゴジョーなんとかしてよ!」
玉龍が叫ぶ。
猪八戒と沙悟浄は身構え玄奘を救おうと、鎮元大仙の隙を窺う。
だが相手は崑崙三大仙人のうちの一人。
全くと言っていいほど隙がない。
鎮元大仙は八戒たちを気にすることなく、玄奘の隅から隅まで確認している。
「肌色はよし、顔色も大丈夫そうだな。だが少し気力が弱っているな……。ふーむ、ここにきてから何も食べておらんだろう?人間は脆い。ちゃんと食え」
「お言葉ですが、食事を抜いたところでどうにかなるほど私はやわではありません」
玄奘は怯まずにまっすぐ鎮元大仙を見つめて言う。
寺の修行にも断食がある。玄奘にとってはこの程度大したことはない。
「そうか?……ふーん?しかし、玉果は飯を食ったほうが美味くなるのか、それとも果実のように栄養を取らないほうが凝縮されて美味くなるのか気になる……実に気になるなあ」
「お、おシショーサマ、ご飯食べよう、ご飯!」
鎮元大仙の言葉に慌てた玉龍が、如意宝珠を掲げて言う。
だが玄奘は頷かなかった。
「どれ、少し血を味見させてみよ。食事前と食事後での味の違いを見てみたい」
「ふざけないでいただきたい!」
玄奘を掴んだまま爪を光らせて言う鎮元大仙に、とうとう沙悟浄が飛びかかった。
そして鎮元大仙の腕をギリギリと握りつぶす勢いで力を入れた。
「痛いな。離せよ」
鎮元大仙は涼しい顔で言うが、沙悟浄は骨を折る勢いでさらに力を込めた。
「離しませぬ。お師匠さまを害するならば、我が身に変えてもこの腕をいただきます」
「ちっ、馬鹿力め」
鎮元大仙は痛みに眉をひそめ、玄奘を掴んだ手を離した。
「鎮元大仙、ご無事ですか」
「鎮元大仙!」
手首をさする鎮元大仙に月亮と風舞が駆け寄った。
「まったく、冗談も通じないのか?お前の弟子たちは」
「冗談だと?!アンタが悪趣味なこと言うからだろ!」
「ほんと、冗談にきこえなかったよ!!」
猪八戒と玉龍も怒って言う。
「沙和尚、あまり乱暴なことをするのは感心しません……でも、助けてくださりありがとうございます」
沙悟浄は玄奘を背後に隠して鎮元大仙を見おろす。
背丈が他の男性よりも頭二つ分ほど大きく、体つきも大柄な沙悟浄は、まるで壁のようだ。
「全く、血の少しぐらい良いではないか。減るもんでもなし」
唇を尖らせて、沙悟浄に掴まれた手首をさすりながら鎮元大仙が言う。
「減ります!二度とお師匠様に触れないでいただきたい!」
沙悟浄が怒鳴ったその時、両名の間をすさまじい旋風が通り抜けた。
「お師匠様!ただいま戻りました!」
それは旋風ではなく、觔斗雲を猛スピードで駆ってきた孫悟空だった。




