【二百六 鎮元大仙のお仕置き】
鎮元大仙に捕まった玄奘たちは、五荘観に連れ戻され、道場の柱にそれぞれ括り付けられた。
「このような出会いになるとはな。残念だよ、玄奘殿」
「鎮元大仙様、この度は私の力が至らず……」
謝罪しようとした玄奘に、鎮元大仙は首を振った。
「謝ることはない。我輩は其方には怒っておらぬ。これは五百年を生きる石猿の妖。うまれて二十年ちょっとの人間が扱えるものではない」
「……っ」
鎮元大仙はそう言って孫悟空に向き直った。
玄奘は赤子扱いされたことと、自分が戦力外とみなされたことに無力感を感じて項垂れるしかなかった。
「むー、感じ悪ぅ」
「おいお前!鎮元大仙!お師匠様を馬鹿にするんじゃねえ!このお方はとても素晴らしいお方なんだ!俺様なんかを弟子にしてくださったんだ!」
「では、お前はその素晴らしいお方に迷惑をかけているのだぞ。やはり猿だな。思慮が足りぬ」
こめかみのあたりをトントンと叩いて鎮元大仙が言うと、孫悟空は顔をさらに赤くした。
そして、何かを言おうとした孫悟空の口に札を張って塞ぎ、鎮元大仙は自身の袖の袂を弄った。
「さて、仕置きの定番といえばやはり、鞭打ちよな」
鎮元大仙がそこから取り出したのは細い小枝だった。
「我輩は鞭打ちなど普段からせぬから、剪定で切り落とした枝で急ごしらえしたものなのだが、これでも充分であろう」
鎮元大仙が小枝を振るうと、小枝にしては鋭い、ヒュッと風を切る音がした。
そして次の瞬間、孫悟空の頭上を何かが掠めた。
頭頂の毛を数本散らしながら柱に傷をつけたそれは、まるで獣の爪痕のように鋭く深い。
「おいおいおい、小枝の鞭でできる跡じゃないだろ……」
猪八戒が顔を青ざめさせて言う。
「お師匠さまを守らねば……!」
沙悟浄は西王母の扇で打たれた時、生じた風の刃で切り刻まれたことを思い出した。
沙悟浄は人よりも頑丈で耐えられたが、玄奘はひとたまりもないだろう。
沙悟浄は身を捩らせてなんとか縄を抜けて玄奘の元へ行こうとした。
「縛!」
しかし、すぐにその動きは鎮元大仙に悟られ、仙力で解けかけた縄を固められてしまう。
「くっ!」
「甘いのはその容姿だけにしておけ?捲簾大将殿」
にっこりと微笑んで鎮元大仙が言う。
「ねー!ニンジンカ食べたのはゴクウたちだけなんだよ!?なんでボクやおシショー様まで縛るのさー!」
納得がいかないと、玉龍が喚く。
「西海龍王が第三太子、玉龍殿ですね。恐れ入りますが、玉龍殿は連帯責任という言葉はご存知ですか?」
鎮元大仙は玉龍に向き直って尋ねる。
仙人たちに取って龍は特別な存在で、態度も孫悟空たちに取るそれとは違う。
「し、知ってるよ。仲間が悪いことをしたら責任を一緒に取ってごめんなさいすることでしょ!」
「そうです。よく知っていましたね」
「まあね!ボクは千年生きてるもんね!」
「人参果が一つだけならばまだ我輩も許せましたよ?でも、あなたの仲間は無断で人参果を三つも食べ、その上我輩が手塩にかけ苦労して育てた人参果の木を切り倒したのです」
鎮元大仙は拳を握り締め、悔しそうに言う。
「この罪は、食べた者、木を切り落とした者だけでは償いきれないと思いませんか?」
「う……確かに……そうかも」
鎮元大仙の言葉に玉龍は考え込んだ。
「玄奘殿はともかくとして、非力な人でもないあなた方三人もいて孫悟空を止められないと言うのも、ねえ」
「それは、ゴクウが斧を使ったのはあっという間のことで……」
「しかも、元は天蓬元帥と捲簾大将という、重要な役職に就いていたお二方が居ながらですよ!」
鎮元大仙の言葉に誰も言い返せなかった。
「お二方が居ながら、と言うかお二方までもが盗み食いをし、さらに逃亡するなど。あなた方を推した准胝観音が知ったらどう思うでしょうね?」
「あああ、准胝ちゃん、すまない……!」
猪八戒はそう言って項垂れた。
「さぁ、とりあえずまずは、元凶の石猿から仕置きといこうか……!」
鎮元大仙は手で鞭をもてあそびながら、いよいよだと言うように孫悟空に近づいていった。




