【百九十五 孫悟空、猪八戒、沙悟浄、人参果を盗み食いする】
孫悟空は調理場へむかう途中、一本だけ柵で囲われた木を見つけた。
他の樹木より明らかに大切にされているその木が気になったので近づいてみると、それは人参果の木だった。
木には鈴なりに人参果が実っている。
「人参果ねえ……まああんまりうまそうな食いもんには見えないけどな」
孫悟空はぶつぶつ呟きながら匂いを嗅いでみた。
強くはないが、ほんのりと熟した果実の香りが漂う。
「これなら蟠桃の方が美味いな」
そう言って孫悟空は辺りを見回してみた。
今の所誰も居ない。
「玉龍はいらないっていってたから、八戒と悟浄と味見してみるか」
果実好きの孫悟空。
食べたことのない人参果に興味を持たないわけがなく。
孫悟空はこっそりと人参果を三つもぎ、先を急いだのだった。
孫悟空が調理場につくと、美味しそうな匂いと共に賑やかな声が聞こえてきた。
「これが准胝観音様が召し上がっていた香草湯……!」
「なんと香しい……」
「ああ、米が欲しくなります」
覗くと月亮が集めたのか、弟子の女仙たちが猪八戒の作った料理の数々を見て騒いでいる。
「これを飲めば冷えた心と体が温まるし、疲れも取れるんだ。活力もみなぎるから、体調を整えるのに最適なんだ」
得意げな猪八戒の声が聞こえてきたので、孫悟空はなんだが可笑しくなってきて、頬の内側を噛んで笑わないようにした。
「さて、少し冷ましたらお師匠さんとこに持っていこうかな。ちょっとオレ井戸に行ってくるわ」
そう言って出てきた猪八戒を孫悟空が捕まえた。
「おい八戒!」
「え、悟空ちゃんどうした?お師匠さんになにかあったのか?」
猪八戒は驚いて孫悟空の肩を掴んだ。
「いや、大丈夫だよ。ちょっと話したいことがあってさ。悟浄も一緒に」
「わかった。とりあえず水場に行っていいか?手を洗いたいんだ」
「いいぜ。俺様も喉が渇いてたし」
そうして二人連れ立って行くと、水場には先客がいた。
「なんだよ悟浄、お前もきてたのか」
沙悟浄は上半身裸になり、濡れた手拭いで体を拭いていた。
「薪割りしたら汗をかいてしまってな。それより、お前こそ何故ここに?お師匠さまに何かあったのか?」
「お前たち同じこと聞くなよ……まあ気持ちはわかるけどさ。そのお師匠様のことで二人に話があってきたんだ。これでも食いながら聞いてくれ」
そう言って孫悟空は人参果を二人に渡した。
「あら……これどうしたのよ」
猪八戒が困惑して言う。
「沢山なってたから味見しようと思って」
「まさか、勝手に取ってきたのか?」
沙悟浄が聞くと、孫悟空は悪びれもせずに頷いた。
「沢山あったし少しくらいいいだろ。それに、お前らもどんな食い物か気になってるんじゃないか?」
猪八戒と沙悟浄は無言で顔を見合わせた。
「たった三つくらい大したことないって。ほら食おうぜ」
そう言って孫悟空は人参果を齧った。
「んん、蟠桃より甘くねえけど、瑞々しくてうめえ!」
口の端から滴り落ちる果汁を拭いながら孫悟空が言うと、猪八戒と沙悟浄も人参果を口にした。
「へえ、こんな味なんだ……なるほどね」
「ちょっと青臭いが、甘すぎなくて美味いな」
猪八戒と沙悟浄もあっという間に人参果を食べ終えた。
「お前たち食べるの早すぎないか?やっぱりくいたかったんじゃねえか。まあいいや、それよりもお師匠様のことなんだけど……」
孫悟空は玄奘が人参果をみて様子がおかしくなった理由を話した。
「そんなことが……そうね、お師匠さんのためにご両親のこと調べないとね」
猪八戒は深く頷いてそう言った。
「たしかに俺が馮雪……お師匠さまの過去世と関わった時も、ご両親との縁は浅かったな」
沙悟浄は馮雪が話していたことを思い出していた。
赤子の時、村の祭壇に捨てられて、村の大人たちの協力で育てられたと言っていた。
その祭壇の主である彗禊娘娘の話では、馮雪に親がいないことに観音菩薩が関わっているようだった。
(過去世では寂しそうだったが、その記憶がある分、今世でも父母との縁が薄ければ心穏やかでは過ごせまい)
沙悟浄は玄奘の心情を思うと胸が痛んだ。
観音菩薩は一体玄奘をどうしたいのだろうと、憤りさえ感じる。
だが確証がないまま二人に話しても仕方がないだろう。
沙悟浄は今はまだ、彗禊娘娘から聞いた話を二人には言わないでおくことにした。
「じゃあ決まりだな。五荘観を出たら、今度はお師匠様のご両親のことを調べようぜ」
「ああ」
「そうだな」
そして三人の弟子たちは師匠のために何ができるか額を突き合わせて話し合い始めたのだった。




