【百九十三 とんでもない経歴の弟子たちの師匠】
孫悟空は風舞に打たれた手の甲を撫でさすりながら唇を尖らせた。
「ちぇっ、ケチくせぇなあ」
「悟空……大丈夫ですか?……もう。とにかく私は良いので、こちらはどうか弟子たちに……」
玄奘が言うと、猪八戒は嬉しそうに、興味津々と人参果を眺めて目を輝かせた。
心なしか沙悟浄もソワソワしている。
だが、月亮と風舞は首を振った。
「それは出来ません。我が師からは玄奘様にとしか言付かっておりませぬ故」
人参果を下げながら風舞が言うと、がっかりと猪八戒は項垂れた。
沙悟浄も、眉尻を下げて残念そうにしている。
「うーん、どっちにしろボクはいいや。似た色だったら梨の方が好きだし」
珍しく玉龍がそう言った。
「龍神様、梨もございますので後ほどお持ちしますね」
「そうだ、普通の果物ならおシショー様も食べられるよね」
「ええ、まあ、多分……」
玄奘は口数少なく頷いた。
今は何も口にしたい気分ではないので、当たり障りのない言葉を返しておく。
「お師匠さん大丈夫かい?そうだ、オレがなんか美味いもんでも作ってくるよ。なあ、調理場貸してくれないか?」
「料理だと?」
「お前が料理をするのか?」
猪八戒を疑わしそうに月亮と風舞が見る。
「オレは准胝観音の夫だぞ。あの方が仙女の頃からオレがお食事を作っていたんだ」
「准胝観音様の?!」
途端に月亮が興味を持ったようで身をのりだした。
「あ、ああ。人間界で共に暮らしている時にいろんな食事を作ったものさ」
猪八戒が証拠だと言って首飾りを出しながらそう言うと、月亮はうっとりと目を閉じた。
「准胝観音様は全仙女の憧れのお方……お前が夫とは信じられないが、まあその首飾りの石は紛れもなくあのお方のものだな。その准胝観音様がお召し上がりになっていたものを作れるのか?」
「当たり前よー!彼女は仙女時代体が強くなかったからね、お腹に優しい料理とかたくさん作ったわけよ。だからお師匠さんにもそれを食べさせたいんだけど、調理場を貸してもらえるかな?」
「もちろんだ!作り方もぜひ教えていただきたい。この万寿山の全仙女に共有しよう」
「なんか大袈裟だな……それじゃあ調理場に案内してくれ。お師匠さん、ちょーっと待っててね」
そう言って、猪八戒は月亮と共に調理場へと向かっていった。
「なんか、すごい変わり身だね……」
トゲトゲしい態度が軟化した月亮に玉龍が苦笑して言う。
「風舞どの、何か他に手伝うことはないだろうか。力仕事なら任せて欲しい」
「そうか。お前は体格もいいし……何を頼もうか……」
「ゴジョーはケンレンタイショーだったんだよ」
すごく強いんだと自慢気に玉龍が言うと、風舞は途端に同情的な表情になった。
「あの噂の西王母様に罰されたと言う捲簾大将は貴様だったのか……同情するよ……」
「……」
沙悟浄は少し恥ずかしそうに俯いた。
「さっきのハッカイオジさんはテンポーゲンスイだったんだって」
「ああ、あのナンパで有名な……アレを更生させるとはやはり准胝観音は素晴らしいお方だな。しかし……」
風舞は玄奘を見た。
「改めて思いますが、玄奘様はとんでもないお弟子さんをお持ちなのですね」
「とんでもない……?確かに、私には過ぎるほどの、みな素晴らしい弟子たちです」
ありがたいことだと玄奘は微笑んだ。
「さあ捲簾どの。あちらで薪割りでもやろう。薪割りは鬱憤を晴らすのにはもってこいだ」
そう言って風舞は沙悟浄を連れ出した。
「お師匠さま、行って参ります。悟空、玉龍、あとは頼んだぞ」
「沙和尚、怪我などしないように気をつけてくださいね」
出がけにそう言った沙悟浄を玄奘は優しく見送った。
廊下を進みながら、風舞は沙悟浄に訊ねた。
「よかったのか?玄奘様のそばを離れて」
「俺や八戒がいたらお師匠さんも気を使うからな。彼の方には少し静かなところで休んでいただきたいのだ」
なかでも、玄奘と旅をした期間の長い孫悟空と玉龍なら、話したいことも話せるのではと沙悟浄は考えていた。
(少し、寂しいと思うがな……)
だが、沙悟浄として玄奘と共に過ごした期間は一番少ないのだから仕方がないのだけれど。
「……そうか。さすが捲簾大将。奥ゆかしいことだな」
感心したように風舞が言うと沙悟浄はただ微笑んだだけだった。




