【百九十二 玄奘、人参果をすすめられる」
周囲に咲き誇る、見たことのない美しい草花に玄奘は思わずため息をついた。
所々には植物の世話をしている鎮元大仙の弟子たちの姿がある。
「たくさんの弟子の人たちがいるんだねぇ」
「私たちを含め、鎮元大仙の弟子は四十八名おります」
玉龍が言うと、月亮が説明をする。
みな手を止め、珍しそうに玄奘一行を遠巻きに眺めているので、玄奘は軽く会釈をして通り過ぎた。
「こちらへいらしてください」
弟子たちに丁寧に世話をされ、立派に咲き誇る植物たちに玄奘が見惚れていると、月亮と風舞に呼ばれる。
月亮と風舞は五荘観と見られる大きな屋敷の入り口で待っていた。
「うわぁ……大きなお屋敷……!」
玉龍の口から感嘆の言葉が漏れた。
質素だが、よく見ると所々に手の込んだ装飾が施されている立派な屋敷だ。
客間に通された玄奘たちの前に、風舞が茶と何かが乗った皿を玄奘の前に差しだした。
「只今、我らが師の鎮元大仙は所用により外出中でございます。その間こちらをぜひお召し上がりください」
玄奘はその皿の上を見て言葉を失った。
「こ、これは……?!」
その皿の上には人間の赤ん坊の形をしたものが二つ載っていたからだ。
「わっ、なにこれ、ニンゲンの赤ちゃん??」
「いいえ」
玉龍の言葉に風舞は首を振って否定した。
「龍神様、こちらは人参果という果実にございます」
「ニンジン……カ?」
「はい。実をつけるのに一万年近くかかる、大変手のかかる貴重な果実でございます。ちょうど先日食べ頃を迎えたので、ぜひ玄奘様にも召し上がっていただくようにと、師から」
月亮の説明を聞いて玄奘はマジマジと人参果を見た。
確かに人間の赤子にしてはかなり小さいが、見た目は赤子そのもので、いくら貴重なもので厚意で出されたものだといっても、とてもではないが玄奘は食べる気になれなかった。
「オレ、天界にいた頃に聞いたことあるわ。見たことはないけど……へえ、これが、あの……」
猪八戒は興奮気味に人参果を眺めて言う。
「そうなのですか?」
「はい。月亮殿が説明された通り、たいへん貴重なもので、玉皇大帝でさえ滅多に食せないものなのです。まさか人の世界で目にすることができるとは」
沙悟浄も感心したように言う。
「花果山でも見た事ないし、俺様も食った事ねえや」
悔しそうに孫悟空が言う。
「我が師、鎮元大仙は崑崙でも育てることが難しいこの人参果を、人間界でも育ててみようと試行錯誤し、ついに果実をつけるまでになったのです」
「これは偉業といえましょう。我が師は本日、元始天尊様と太上老君様にそのご報告のため崑崙へ上がっているのです」
月亮と風舞は誇らしげに言った。
「それは素晴らしいですね。ですが……」
「お師匠様、どうしたんです?顔色が……」
孫悟空が顔を青ざめさせた玄奘を気遣う。
「悟空、ありがとうございます。月亮様、風舞様、申し訳ありません、こちらはご遠慮させてください」
「なんと……」
「もったいない。人の身でこれを食べることなどないと言うのに」
驚く二人に、玄奘はどうしても人の赤子にしか見えないと言って断った。
「じゃあ俺様が味見を……」
そう言って手を伸ばした孫悟空の手をピシャリと風舞が打った。
「こちらは玄奘様のために収穫した人参果だ。触れるでない。それにお前は食せずとも既に不死身ではないか」
「兜率天にて太上老君の金丹をしこたま喰ろうたときいておるぞ」
月亮が呆れ顔で言葉を続けた。




