【百九十 鎮元大仙からの使い】
鎮元大仙が崑崙に向けて出発した頃、玄奘たちは万寿山の中腹あたりを歩いていた。
万寿山に入った時は見通しが良かった山道は、今は昼間のはずなのに、薄暗くて目の前もよく見えない。
「む、これは……」
沙悟浄が何かに気づいたようで、降妖宝杖を握り直した。
「あらぁー、なんかの術かねえ」
猪八戒も釘鈀を構えて辺りを警戒し始めた。
「玉龍、止まれ」
孫悟空は、馬に変化して玄奘を乗せている玉龍の差縄を引き、止まらせる。
玉龍もただならぬ気配を感じているのか、孫悟空の指示に素直に従った。
「どうしました、悟空?」
「ちょっと怪しい気配がするので……」
玄奘が前方に目を凝らすと、小さな人影が二つ見えた。
現れたのは十歳くらいの小柄な男女だった。
「私は鎮元大仙が弟子、月亮と申します」
「同じく、僕は風舞と申します」
二人は拱手して名乗った。
玄奘は突然現れたのは子どもたちに驚き、孫悟空たちは警戒を強める。
「鎮元大仙、だと?」
「悟空、知っているのですか?」
「ええ……まぁ」
「知ってるも何も、悟空だけでなくオレと悟浄ちゃんも知ってるくらい有名なお方ですよ」
険しい顔のまま答えない孫悟空に代わって興奮した猪八戒が答える。
「はい、鎮元大仙は元始天尊、太上老君に並ぶ崑崙の三大仙人です。おそらく玉龍も知っているかと」
猪八戒の言葉に続けて沙悟浄が言う。
「名前は聞いたことあるよ!なんでも珍しい植物が好きなんだよね。……ていうかゴクウはどうしてそんな怖い顔をしてるのさ」
傍に立つ孫悟空が警戒をとかないので、玉龍も落ち着かない。
「俺様は昔太上老君に酷い目に遭わされたからな。その仲間の鎮元大仙ってのも多分ろくなもんじゃねえ」
「これ、悟空!」
乱暴に言う孫悟空を玄奘が嗜める。
「無礼な!口を慎め、猿が!」
「太上老君に焼かれたのはお前が天界で暴れたからだろう!自業自得ではないか!」
月亮が叱咤し、風舞が怒りの形相で言う。
「申し訳ありません、弟子が失礼を申しました」
「お師匠様、謝ることなんてないのに!」
「悟空、やめろ」
「お師匠さんにこれ以上頭を下げさせるなって」
玄奘の謝罪に反発した孫悟空を沙悟浄と猪八戒が止める。
「まあ良いでしょう。謝罪を受け入れます」
月亮が居丈高に言うので、孫悟空は「偉そうにしやがって」と舌打ちをした。
そんな孫悟空を二人の童子はひと睨みし、だがこれ以上喧嘩で長引かせるのも良くないと、コホンと咳払いをした。
「我々がこちらにきた目的は一つ。鎮元大仙のお使いで、五荘観に玄奘様ご一行をお迎えに上がりました」
二人は声を揃えて言った。
「ええっ?なんで?なんでそんなエライ人がオシショー様を招待するの??」
玉龍は目を丸くした。
「先日、准胝観音様から玄奘様のことをお聞きになった我が師が、玄奘様に興味を持たれたためです」
「准胝観音様からも玄奘様をもてなすよう言付かっております」
月亮と風舞が交互に話す。
「本来、五荘観には人や妖怪は入れないのですが特別に、我らが師鎮元大仙は玄奘様を五荘観へ招待することにされたのです」
特別に、という言葉を特に強調して月亮が言うと、孫悟空はしかめっつらになった。
「そんなところ行かなくていいですよ。俺様の花果山の方が楽しいところですから、そっちに今度行きましょ。ということで、こいつらは無視しましょ無視」
孫悟空はそう言って、玉龍の綱を引っ張った。




