【百七十九 玄奘一行、山中の宿にて後家とその三姉妹に出会う】
觔斗雲に乗った孫悟空を追い、沙悟浄は玄奘を支えながら玉龍の手綱をにぎって雨の山中を駆け抜けた。
ほとんど人通りもなく、獣道と化した通りを抜けると、立派な豪邸が現れた。
ようやくその豪邸の入り口に辿り着いた頃、玉龍が乾かした衣服はまたずぶ濡れになっていた。
それでも沙悟浄によって芋虫のように巻かれた玄奘の濡れ具合は、先程よりは幾分かマシな方だ。
「おーい、誰か!だれかいないか!」
觔斗雲から降りた孫悟空が、扉を叩いて呼びかける。
幸いなことに扉の上には小さな屋根があり、館の主人が出てくるまで雨宿りをすることができた。
何かを商っているところなのか、『玉瑞館』という看板がかかっている。
玉龍も馬から少年のすがたにもどり、孫悟空の隣で首を傾げた。
「もしかして誰も住んでない、とか?」
「いや、それにしては綺麗すぎだろ」
誰かが手入れをきちんとしている建物だ、と猪八戒がいうと同時に、小さな軋み音を立てながら扉が開かれた。
「どちらさまです?」
中から女性が現れたのは不思議な雰囲気を纏った、ふっくらした中年の女性だ。
「まあ、お坊様方、大丈夫ですか?」
女性はずぶ濡れの一行に驚き慌てた。
「私の名は玄奘。訳あって弟子たちと共に天竺まで旅をしております。途中雨に降られてしまい困っております。突然不躾なお願いで申し訳ありませんが、雨宿りをさせていただけませんか?」
玄奘が言うと、女性はにこやかに微笑んで頷いた。
「もちろんですわ。玉瑞館はお宿でございます。お坊様方、旅の疲れをぜひ癒して行ってください」
「ありがとうございます」
女性が一行を中へと誘う。
と同時に背後で稲光の後に轟音が轟いた。
「わっ!」
玉龍が驚いて両耳をふさいだ。
「まあ大きな音。さあ奥へどうぞ」
玉瑞館の中では橙色の灯りが灯った灯籠が廊下を照らしていた。
「こんな山奥ですから滅多にお客様もこないのですが、温泉もありますからゆっくり体を温めてくださいね」
そう言って女性は手をパンパンとたたいて人を呼んだ。
「久々に玉瑞館にお客様ですよ、湯の準備とお出迎えを!」
すると奥からトトトと軽快な足音が聞こえてきて、三人の女性が現れた。
姉妹だろうか。
三人とも女性とよく似た顔立ちをしている。
「私の娘たちですわ。ああ、申し遅れました。私は廉黒曜。左から藍玉、紅玉、碧玉ですわ」
女性たちはそれぞれ名前と同じ色の着物を身にまとっていた。
「さああなたたち、皆様をまずは温泉にご案内して差し上げて」
廉黒曜に促され、三姉妹は玄奘たちの前に進み出た。
「お客様、こちらへどうぞ」
三姉妹の長女らしい、キリッとし顔立ちの藍玉が玄奘たちを先導して進む。
紅玉と碧玉は一行の後ろから入浴のための道具を用意してついてきている。
「ね、ねえここ、本当に大丈夫なの?」
あまりにもトントン拍子に物事が進んでいくので、流石の玉龍も不安になったようだ。
玉龍は猪八戒の裾を引いて耳打ちをした。
「大丈夫だろ。悟空ちゃんも悟浄ちゃんも何にも言わねえし」
「そうかなあ……」
玉龍の不安を表してか、稲光が二、三度光って轟音が轟く。
一方、孫悟空と沙悟浄はとにかく玄奘の体を温めなければと言うことで頭がいっぱいだった。
(温泉だなんて幸運だったな。俺様冴えてる!お師匠様に沢山あったまってもらお!)
(お師匠さまに風邪を引かせるわけにはいかない。はやく温泉に浸かっていただかなくては)
そして玄奘は路銀が足りるかどうかで頭がいっぱいだった。
(こんな大きなお宿とは……大丈夫でしょうか……いえ大丈夫、一泊だけですもの。大丈夫……でもダメだったら働いてお返ししましょう……お寺でも働き者玄ちゃんと呼ばれていましたもの。皿洗いでも庭掃除でもどんとこいです!)
果たして玄奘のその青ざめた顔は寒さのためか、それとも不安のためか。
様々な感情を秘めながら、一行は長い廊下を進んで行った。




