【百六十三 恵岸行者、霊吉菩薩たちと合流する】
空が白んできた頃、雲に乗って河伯の気配を追っていた恵岸行者は、自分のはるか上空をいく巨大な二頭の龍に驚いた。
悠然と泳ぐ2頭の龍の傍には彩雲がみえる。
「玉龍と……あれは八爪金龍か。であればあの彩雲は霊吉菩薩様か」
恵岸行者は雲の高度をあげ、龍たちに並んだ。
玉龍の背には孫悟空と猪八戒の姿もあった。
「霊吉菩薩様、観音菩薩の弟子恵岸にございます」
恵岸行者が言うと、彩雲に乗った霊吉菩薩は太陽のような笑みを浮かべた。
「観音のところの恵岸か。ワシらは瑠璃の皿を探しにいく道中じゃ!」
「瑠璃の皿、ですか?」
瑠璃の皿といえば禅院の光源になっているものである。
「おお、哪吒の兄ちゃんじゃねえか!」
霊吉菩薩との会話の途中で、恵岸行者に気づいた孫悟空が声をかけてきた。
「久しぶりだね、悟空。そちらは猪八戒殿だね」
「オレのこともご存知で?」
「観音菩薩さまと共に、君たちの天竺への旅は見守っているからね」
驚く猪八戒の問いに恵岸行者は答えた。
「ボクも!ボクもいるよ、ナタちゃんのお兄さん!」
「そうだね、キミの活躍、観音菩薩様も褒めていたよ」
「えへへー!」
恵岸行者の言葉に玉龍は嬉しそうに体を揺らした。
「して恵岸行者よ、其方はどうしてここに?」
「失礼いたしました。自分は河伯を追ってここまで参りました。河伯は……」
河伯について恵岸行者が説明をしようとしたとき、突然轟音が聞こえた。
その場にいた全員が音の方向に目を向けると、前方にある岩山の一つからもうもうと土煙が上がっているのが見えた。
「霊吉殿、瑠璃の皿の気配、あそこからいたしますぞ」
八爪金龍の言葉ににこやかな霊吉菩薩の表情が曇った。
「何?それはいかんな……恵岸よ、話は後じゃ、急ごう!」
八爪金龍は速度を上げ、霊吉菩薩もそれに続く。
「玉龍、俺様たちは觔斗雲に乗って先に行くぜ!お師匠様に何かあっちゃいけねえ」
孫悟空は觔斗雲を呼び出し、猪八戒を乗せて言う。
そして、言うことだけ言うと、瞬く間に八爪金龍たちを追い越して土煙の上がる岩山へ飛んでいった。
「あっ、ゴクウ、八戒のオジさん!」
「自分たちも行こう、玉龍」
「う、うん、そだね!」
玉龍と恵岸行者も置いていかれないように速度を上げて空を駆けて行った。
勇ましく河伯に向かって行った黄風大王たちは、先行した虎先鋒が一撃で吹っ飛ばされてしまった。
黄風大王は虎先鋒がその体を岩壁に打ち付けたの見て歯をギリ、と鳴らした。
万全ではない体調だけではなく、元々の実力差がありすぎる。
だが、黄風大王にも矜持がある。
部下を傷つけられ、恩人の危機に退くわけにはいかない。
「っこの、三昧神ぷ……ぐぅっ!」
ありったけの仙力を込めて術を打ち出そうとしたその時。
「遅い」
素早く距離を詰めた河伯が、降妖宝杖の柄を黄風大王の脳天に叩きつけた。
「黄風大王さん、虎先鋒さん!」
白目を剥いて岩の上に倒れる黄風大王に、玄奘は蒼白になって叫んだ。
そして黄風大王に駆け寄るとその小さな体を抱きかかえた。
「沙和尚!やめてください!もう、やめて……!」
「やめる?どうして。そいつらがいるからお前はこちらに来ないのだろう?ならばそいつらを消さなければなるまい」
「沙和尚……」
話が通じない。
会話にならない。
「さあ馮雪、それを置いて、こちらにおいで」
玄奘は河伯が恐ろしかった。
だがおとなしくいうことを聞く気はなかった。
気絶をした二人をなんとか助けなければ、と辺りを見回し思考を巡らせる。
「馮雪……」
その間にも河伯はゆっくりと玄奘に近づいてきて、手を伸ばしてくる。
彼にまとわりつく瘴気も伸びてきて、玄奘はそれから逃れようと、黄風大王を抱き抱えながら虎先鋒が倒れている岩まで駆け出した。
「待て、馮雪!」
その時。
「お師匠様から離れやがれ!」
威勢のいい声と共に如意金箍棒を振り上げた孫悟空が觔斗雲から飛び降りてきた。




