【百六十二 玄奘、河伯との再会に戸惑う】
河伯は鋭い視線を外さないまま、降妖宝杖の先端を黄風大王と虎先鋒に向けて立っている。
玄奘は突然現れた河伯に混乱した。
「沙和尚?!どうしてここに……!」
「なんだお前、アイツを知ってるのかッチ?」
「……はい。あの方は……」
玄奘が説明をしようとした時、目の前にいたはずの河伯の姿が三人の前からこつぜんと消えた。
「沙和尚?!」
「ぐえっ!」
「ッチ!」
連続して聞こえた悲鳴と同時に、黄風大王と虎先鋒が吹き飛ばされ、岩壁に体を打ちつけた。
するとその衝撃で細かく砕かれた岩がダメ押しのように黄風大王と虎先鋒の上に降り注ぐ。
「馮雪を害する者を俺は許さない!」
「やめてください沙和尚!」
玄奘は瓦礫に埋もれる黄風大王と虎先鋒を庇うようにして、両腕をひろげて河伯の前に立った。
「馮雪、よかった、無事だったか」
河伯は表情を和らげ泣きそうな顔をして微笑んだ。
「流沙河でお前が砂塵に拐われているのを見て追ってきたんだ」
「……っ!」
その表情に玄奘は息を呑んだ。
溌剌としていた記憶の中の河伯とは違い、今の彼は頬はこけて目は落ち窪みやつれている。
それでも面影は残っていて、玄奘にとって再会は嬉しく懐かしいはずなのに、今の彼には近寄りがたい雰囲気がある。
再会を戸惑う玄奘の目にうつったのは、河伯がが身にまとう黒いモヤ。
瘴気だ。
瘴気は、以前の彼は身につけていなかった九つの髑髏の首飾りから出ている。
そしてその髑髏を見た途端、玄奘はそれが過去世の自分達だとすぐにわかった。
「さあこちらへ来るんだ。俺が助けに来たからにはもう安心だ」
戸惑っている玄奘に気づいていないのか、河伯は手を伸ばした。
だが玄奘は、河伯から伸ばされた手を取る気になれなかった。
指先にまで瘴気が伸びてきて、まるで玄奘を飲み込もうとしているように見えたからだ。
再び一つになろうと、かつての髑髏たちが迫ってくるようで玄奘は恐ろしかった。
(そうだ、黄風大王さんたちが!)
玄奘は河伯に背を向け、黄風大王たちを埋める岩をどかそうと手を動かした。
その中には玄奘の頭ほどの大きさの岩もあり、ずっしりとした重みに玄奘は歯を食いしばりながら岩をどかしていく。
「馮雪、何をしているんだ、手を痛めてしまうぞ!」
「黄風大王さんたちは怪我をしているんです。はやく助けなくては……!」
「助けるだと?お前をさらい、無体を働いた妖怪だぞ」
玄奘は岩をどける手を止めて、河伯に迫った。
「沙和尚!よく見てください!私には傷ひとつついていません!」
それだけ言うと、玄奘は再び岩をどかす作業に戻る。
「馮雪……」
「それから沙和尚、今の私は馮雪ではありません。その名で呼ぶのはやめてください」
「なにを言っているんだ馮雪。俺を沙和尚と呼ぶのはお前しかいないんだ!」
「確かに私は馮雪だったものですが、今は違うのです!今の私には玄奘という今生の名があります!もう馮雪はどこにもいないのです!」
「どこにも……いない?どこにも……?いやいる。馮雪はいる。ここに!目の前に!お前は馮雪だ!そうだろう?!」
河伯の言葉に応じるように、彼の首に下げた髑髏の一つが瘴気を吐き出した。
おそらく馮雪の髑髏だろう。
瘴気は河伯を慰めるかのようにまとわりつく。
「どうして……沙和尚……」
こんな言い争いをしたいわけではないのに。
再会したら、親切にしてくれたお礼を言いたかったのに。
「馮雪……馮雪……ウガアアアっ!」
瘴気が河伯を包み込んだ。
苦しげに絶叫した河伯は、やがて虚な目をして玄奘に手をのばしてきた。
「馮雪……こちらへおいで、馮雪……」
「──やめ……っ!」
ザワザワと瘴気が伸びてきて、玄奘が恐怖に目を閉じたときだった。
「三昧神風!」
そのとき甲高い声と共に風が吹き、岩が渦巻いて河伯目掛けて飛んでいった。
玄奘がハッとして振り向くと、瓦礫の中から黄風大王と虎先鋒が起き上がるのが見えた。
「黄風大王さん、虎先鋒さん、無事だったよのですね!」
「アチシたちは妖怪ッチ。こんなのでやられるくらいヤワじゃないッチ」
ふらついている様子に少し無理をしているようにも見えるが、黄風大王はなんともないとでも言うように、涼しげにいう。
「大王様のいう通りッス!あんなわけわからないやつに自分たちは負けねえッス!」
二人は玄奘を庇うように前に進み出た。
「怪我の手当の恩は返すッチ!いくッチよ、虎先鋒!」
「はい!大王様!」
玄奘の脇をすり抜け、黄風大王と虎先鋒が河伯に向かって行った。




