【百五十七 霊吉菩薩の事情】
童子の正体を知った孫悟空は、その場にガバッと平伏して額を床に擦り付けた。
「あんたが霊吉菩薩か。頼む、お師匠様を助けたいんだ。俺様たちに力を貸してくれ!」
猪八戒も膝をつき、頭を下げる。
「なんでもいいです。とにかく私たちの師をさらった妖怪の情報を持っているなら、教えていただけないでしょうか」
孫悟空とはちがい、猪八戒は丁寧にいう。
「えっと、あの……!おシショーサマのこと、知ってたら教えてください!」
慌てふためいていた玉龍も、二人に倣って跪いて言った。
「うむ!お前たちの師匠である玄奘を攫ったのはおそらく黄貂であろう」
「コウテン……?あの妖怪は黄風大王って言ってたケド……」
「はは!まあ自分を大きく見せたかったのだろう。実はワシらも奴を追っていてな。共闘と行こうではないか」
「差し支えなければ教えて頂きたいのですが、霊吉菩薩様はどうしてその妖怪を追っているのですか?」
「うむ。お主たちも見たであろう?先程通った廊下の瑠璃の皿を」
「うん、一枚足りなかったよね!」
「元々じゃねえのか?……まさか!」
ハッとして孫悟空が霊吉菩薩を見ると、彼は困ったように眉間を指で揉んだ。
「そうじゃ。あの皿の一枚を黄貂が持ち去ってしまってな。あそこの一枚でも欠けると禅院は暗闇に閉ざされてしまうのだ」
「でも明るいよ?」
「ああ、それはな……」
「わたくしの宝貝をお貸ししていますの」
「ああ、だからあの光る球体に桜の模様が……」
太白金星の言葉に、納得したように猪八戒が手を打った。
「しかしそれの賃料もバカにならなくてな。黄貂が自分から瑠璃の皿を返してくるのを待っていたのだが、わしももう待てぬのだ」
(お金取るんだ……)
「あら、いくら菩薩様方でも、わたくしの大切な宝貝をタダでお貸しするわけには参りませんもの。いただくものは頂かないと!」
玉龍の呟きを耳聡く聞きつけた太白金星は指で輪を作り、カラカラと笑った。
「ちなみにおいくらくらい……?」
猪八戒の疑問に太白金星は団扇で口元を隠しながら指を三本立てた。
「お金ではなく、月に小粒の玻璃の珠を三十個いただいておりますわ」
玻璃とは水晶のことである。
太白金星が見せてくれた玻璃の珠は、小指の爪くらいの大きさだ。
「わたくしの宝貝には玻璃が欠かせませんの」
「チリも積もれば山となろう。少々在庫が苦しくなりつつあってな……」
情けないことだと眉尻を下げて霊吉菩薩が項垂れ頭を振った。
その様子に金剛力士たちは申し訳ないような表情になり、同じように俯いた。
「でもどうやって探し出すんです?あの妖怪の行き先を霊吉菩薩様はご存知なのですか?」
「うむ……ワシは知らぬ。だが、こやつならたどり着けよう」
霊吉菩薩は椅子から立ち上がり、先端にある水晶玉に龍が絡みついたような意匠の杖を椅子の裏から取り出した。
その杖は小柄な霊吉菩薩の身長と同じくらいのものだ。
「これは飛龍寶杖と言う。釈迦如来様から以前授かったけた杖じゃ。これを……」
そう言って、投擲のように杖を投げた。
すると、杖は瞬く間に広間を埋め尽くすほどの巨大な黄金の龍に変化した。
きらきらと光る金の鱗に金のたてがみ。
目の色は瑠璃色だ。
「き……」
「どうした玉龍?」
「玉龍ちゃん?」
「きゃあああああ!八爪金龍様ァァァァ!!」
黄金の龍を見た玉龍は、顔を真っ赤にして興奮して叫んだ。




