【百五十五 禅院の金剛力士と霊吉菩薩】
禅院のとある薄暗い部屋の中で、かちゃ、かちゃ、と硬いものを積み重ねる音がする。
「いちま〜い、にま〜い……」
その音に合わせて聞こえるのは、枚数を数える野太く低い男の声。
大きな体を小さく丸め、皿を数えている声の主は金剛力士の阿形と吽形だ。
「十一枚〜……やっぱり左列の皿が一枚足らぬでごわす……どうするでごわすか、阿形」
「どうするも何も、数え間違えかもしれんでごわしょう。もう一度数えなおすでごわす」
二人は禅院の廊下にある瑠璃の皿の数を数えていた。
その皿は、本当であれば左右の列に十二枚ずつ、合計二十四枚あるはずなのだが、数ヶ月前に何者かによって一枚盗まれてしまった禅院の宝である。
瑠璃の皿は明かりを灯すための置き場でもあり、二十四枚全てが連動している。
一枚でもなくなれば禅院の廊下は暗いままになってしまうのだ。
禅院の警備をしている金剛力士の阿形と吽形は、自分達の警備の失敗をどうしても認められず、多分瑠璃の皿をどこかにしまったのではないかとずっと枚数を数えていた。
「そう言ってもう五百回以上数えなおしているでごわす!……やはり霊吉菩薩様にご報告した方が……」
そこで、吽形が言葉を途切れさせた。
「吽形?どうしたでごわすか?」
薄暗い中でもわかる吽形の驚愕の表情に、阿形は首を傾げた。
だが吽形は阿形には答えずそのまま平伏した。
「ワシがなんだって?」
「れ、霊吉菩薩様!」
阿形の後ろに立っていたのは禅院の主、霊吉菩薩であった。
霊吉菩薩は人間で言えば活発そうな十歳くらいの少年のような外見に、薄暗くともわかる、篝火のような赤毛を頭頂に結い上げ、金の髪飾りを置いている。
阿形は素早く吽形の隣に移動すると頭を下げた。
霊吉菩薩は阿形と吽形の背後にある瑠璃の皿を見つけ、苦笑した。
「やはり瑠璃の皿の残り一枚は見つからぬか。ふーむ、弱ったのう、太白金星からずっとこの宝珠を借りっぱなしにはできぬからのう……賃料もバカにならぬし」
瑠璃の皿を一枚失い暗闇に包まれた禅院の廊下を照らしているのは、太白金星の宝貝「宝珠・明桜」と「宝珠・宵桜」である。
「どちらにせよ宝珠の返却期限も迫っておるし、早く見つけぬと……」
腕組みをして唸る霊吉菩薩に、阿形と吽形は縋り付くようにその裳裾を掴んだ。
「霊吉菩薩様、瑠璃の皿はおいどんが必ず見つけるでごわす!」
「お、おいどんも!!」
「見つけるって、お前たちは皿の居所に心当たりはあるのか?」
霊吉菩薩は残った瑠璃の皿を一枚持って、それをもてあそびながら二人に聞いた。
「おそらく黄貂の仕業でごわす!」
阿形の訴えに吽形もこくこくとうなずく。
「まあ、ワシもそう思っていたが……やはりそうなのかのう。あやつは得度した身。盗みをするとは思いたくないのだが……」
霊吉菩薩はそう呟いて瑠璃の皿を戻した。
「しかしここに来ることができ、おいどんたちに見つからずに逃げられる者は、あのすばしこくてかわいらしい黄貂しかいないでごわす!」
「瑠璃の皿もあの小さいお手てで持っていったのでごわしょう!」
二人から言われ、難しい顔をした霊吉菩薩は乱暴にガシガシと髪の毛をかいた。
「弱ったのう……わしはあまり荒々しいことはしたくないのだが……」
その時、禅院に鈴の音が響いた。
来客を告げる銀鈴の音だ。
「こんな時間にお客さんでごわすか……」
「霊吉菩薩様、ちょっと失礼するでごわす」
「いや待て。ワシが行こう」
応対のため立ち上がった阿形と吽形を霊吉菩薩が引き留めた。
「しかし……霊吉菩薩様に何かあったら……」
「そうでごわす!おいどんたちが行くでごわす」
「大丈夫じゃ。おそらく太白金星どのじゃろう。今日は宝珠の賃料を払う日じゃからの」
霊吉菩薩の言葉に阿形と吽形は顔を見合わせた。
「お前たちはその皿を元に戻しておいてくれ。じゃあいってくる」
そう言って手をひらひらと振り、霊吉菩薩は廊下を進んでいった。




