【百五十三 太白金星の助言】
太白金星の点眼薬は孫悟空の目をたちまち癒した。
ヒリヒリズキズキとした、沢山の砂礫に傷つけられた焼けるような痛みもスッと引いていく。
「さあ、ゆっくり目を開いて……」
柔らかな女性の声に従い、孫悟空はゆっくりと目を開けた。
「ゴクウ?見える?」
ぼんやりとした視界の向こうには手を振る人影が見える。
そのぼやけた輪郭は、孫悟空の目にやがてくっきりと形を表した。
「玉龍と、八戒と……?」
孫悟空の言葉に安堵の表情を浮かべる二人の背後に、見慣れない女性が居た。
「大丈夫みたいですわね」
女性の言葉に孫悟空は眉間に皺を寄せた。
「この方は太白金星様だ。お前の目を治してくださったんだ。ちゃんと礼を言えよ」
状況が飲み込めない孫悟空は、猪八戒に促されて軽く首を下げながらも、上目遣いで太白金星と言われた女性を見た。
太白金星は孫悟空の不躾な視線にも怯まずに、ニッコリと微笑んだ。
玉龍の説明を聞いた孫悟空は、視力を失う前に一瞬だけ見た、黄色い外套を羽織った貂の妖怪にさらわれた玄奘の姿を思い出した。
「そうだ、お師匠様!どうしよう、お師匠様が!」
「すまん、オレも黄風大王の部下とやり合っててお師匠さんを追えなかったんだ」
「ごめん、ボクはずっと気絶していたみたいで……」
猪八戒と玉龍が俯いて言うと、孫悟空は悔しそうに地面を殴った。
「クソ、俺様が目をやられてなければ……っ、お師匠様!」
「どこへ行く気ですの?」
居てもたっても居られず立ち上がった孫悟空に太白金星が静かに声をかけた。
それは、浮き足立つ孫悟空たちにピシャリと水をかけたような、そんな冷静さを呼び覚ます静かな声だった。
「どこって、その黄風大王のねぐらに決まってんだろ。お師匠様を助けねえと」
「そうですか。で、肝心の居場所はわかりますの?」
「場所……?す、砂の飛んで行った方に行けばあるんだろ」
孫悟空がそう言うと、太白金星は不思議そうに首を傾げた。
「あなたは砂の飛んで行った方向が見えなかったのに?闇雲に探しても見つけることはできないと思いますわよ?ましてや今は夜ですし」
「ぐっ……!」
「ねーねー、その言い方だとタイハクキンセーさんがおシショー様のところに行く方法を知ってるみたいに聞こえるけど?」
玉龍の言葉に孫悟空と猪八戒も太白金星を見る。
太白金星は微笑み、柄の長い団扇を取り出し口元に当てた。
「小須弥山の禅院にいらっしゃる、霊吉菩薩様のお力を借りるのが良いですわ」
「小須弥山の、禅院……?」
聞き覚えのない地名に三人は顔を見合わせた。
「それってどこ?」
玉龍の呟きに猪八戒と孫悟空も首を振って知らないと言う。
「禅院はここから南に二千里ほど行った先にありますの」
「えっ、二千里?!遠ッ!」
太白金星の言葉に三人は驚き顔を見合わせる。
「ええ、遠いですわ。でも、霊吉菩薩さまなら確実に玄奘様の居所を知ることができるはずですわ」
どうしますか、と太白金星にたずねられた孫悟空は、猪八戒と玉龍を見てから太白金星に向き直った。
「俺様の觔斗雲ならたとえ二千里でも一万里でも一飛びだぜ。なあ太白金星さんよ、頼む、俺たちをその霊吉菩薩のところに連れて行ってくれ!」
「わかりましたわ」
孫悟空の答えに満足したように、太白金星は深く頷いた。




