【百四十六 猪八戒の野営飯!】
烏斯蔵国を出てから数日後、流沙河の下流あたりに到着した玄奘たちは、薄暗くなって来たので野営をしていた。
空には宵の明星が瞬き、焚き火の煙が真っ直ぐに空へとむかっている。
「流沙河のあたりに来たけど……なんだか不気味なところだね……前からこんなところだったっけ?」
両腕をさすりながら玉龍が薪を足している孫悟空に声をかけた。
「いや、流石におかしい……あの時はこんなに重苦しくはなかったぞ」
「だよねえ」
玉龍を討伐した時とは打って変わった川の様子に、玉龍と孫悟空は顔を見合わせ首をかしげている。
怪訝そうな二人の言葉に、玄奘は不安げに流沙河の流れに目を向けた。
川面からは白い気嵐が湧き立ち、一帯の寒さを物語っている。
そのゆらめきに混じって瘴気のような黒い揺らぎが見えたような気がして、玄奘はあわてて目を擦った。
そして再度、玄奘は目を凝らして水面を眺めてみるが、そこには白の気嵐しか見えなかった。
「……」
しかしなんとなく胸騒ぎがして、この流域に住むという河伯の安否が心配になった。
河伯は玄奘のだいぶ前の生で親しくなった沙和尚だと玄奘は考えているので心配なのだ。
「気のせいじゃねえの?寒さと疲れできになるだけだろ。ほら、八戒様特製生姜野草汁でも飲んどけ。はい、まずはお師匠さん」
表情を曇らせた玄奘に気づき、猪八戒はわざと明るい声で言う。
そして孫悟空たちが会話をしている間に手際よく食事を作った八戒は椀に汁をよそい、配っていく。
「ツァンパはもう少しで焼けるからな」
配り終えた猪八戒は、今度は小麦を練って団子状にして乾燥させたものを水で戻してから木にさし、鍋の周りで炙りながら言う。
ツァンパは烏斯蔵国の保存食で、高翠蘭から貰ったものだ。
「……美味しいです。八戒、ありがとうございます」
塩味の野菜汁に溶け込んだ、花椒と生姜がじんわりと体の内側から温めてくれる。
玄奘は鼻の頭を赤くしながら八戒に礼を言った。
「なあ、ところでその河伯って奴はどんな奴なんだ?」
「あ?なに、河伯?」
野草汁に夢中で猪八戒の質問を聞いていなかったのか、孫悟空が聞き返す。
「私も聞きたいです!河伯殿のこと、教えてください!」
河伯のことが気がかりだった玄奘は思わず身を乗り出してしまい、汁をこぼしそうになってしまい、雫が薪の火に当たってジュッと音を立てた。
「お、お師匠様、落ち着いてください……」
「はっ、すみません……」
孫悟空に宥められ、玄奘は恥ずかしさを隠すように椀の野草汁を啜った。
「で?河伯ってのはどんな奴なんだ?」
「赤いモジャモジャした長い髪で、青い肌の色をした大きな男の人だよ〜!」
「モジャモジャ……?いまいち想像つかねえなぁ……」
玉龍の説明に猪八戒は顎に生えた不精鬚を撫でながら視線を上に泳がし、首を傾げた。
「それからとーっても、美丈夫!」
だがその言葉にピクリと猪八戒は反応した。
「美丈夫って……このオレよりもか?」
キメ顔を作って玉龍に顔を寄せる。
玉龍は猪八戒の顔を押し返し、ふふん、と鼻で笑った。
「当たり前じゃん!ていうか八戒オジサンは自意識過剰〜。ま、一番はこのボクだけどね!」
「何を〜、自意識過剰はお前だろ!」
猪八戒は玉龍が差し出した空の椀におかわりをよそい、手渡しながら言った。
「むー!アリガトっ!」
むくれた顔でお椀を受け取りながら玉龍は律儀にお礼を言う。
そんな様子がおかしくて、玄奘はくすくす笑ったが、猪八戒が難しい顔をしていることに気づいた。
「八戒、何か気になることでも?」
「ええ、昔、天界にいた時の噂を思い出しましてね。青い肌に赤い髪の毛を持った人物で、オレに匹敵する美丈夫と言ったら……一名心当たりがあるんですよ」
「えっ、それは……?」
「そうだ!お前たちのどっちか、その河伯に変化してみてくれよ!それならわかるかも知れねえし」
猪八戒が孫悟空と玉龍に言ったその時だった。
突風が吹き、あっという間に薪の火がかき消された。




