【百二十八 マルティヤ・クヴァーラ討伐戦②】
猪八戒が首を傾げていると、マルティヤ・クヴァーラが吠えた。
「オマエタチは、邪魔者!邪魔者!ジャマモノ!!!」
前足を踏み鳴らし、毒の混ざる血を撒き散らす。
「うっわ、うるっさ!」
玉龍は耳を抑えて顔を顰めた。
ルハードが高翠蘭を連れ出したのには驚いたが、きっと何か考えがあってのことなのだろう。
不思議と嫌な予感もしないし、翡翠の指輪も彼女の危機を伝えていない。
猪八戒が辺りを見回すと、茂みを移動する二人の姿を見つけた。
猪八戒の視線に気づいたルハードが、手で合図を送る。
“翠蘭、宝貝見つけた、一緒に戦う”
その内容に驚いた猪八戒だったが、もう行動している2人を今更止めることはできない。
“わかった”
猪八戒も返事を返し、孫悟空たちに向き直った。
「とにかく、悟空とオレたちは奴の気を逸らそう。玉龍ちゃんはお師匠さんの守りをたのむ」
「お前が命令すんな!」
悪態をつきつつも、孫悟空は猪八戒と共にマルティヤ・クヴァーラに飛びかかる。
「グルゥオオオオ!!」
マルティヤ・クヴァーラの咆哮は森の木々を薙ぎ倒すほどの大きさで、玄奘は思わず耳を塞いでうずくまる。
「……うるっさ……もう、早く黙らせてよね、ゴクウ、オジさん!」
耳を抑える程度で済んだのは玉龍が如意宝珠を使って音を和らげたからだ。
直でくらったら鼓膜が破れる所では済まない。
「ちったぁ黙れよ!」
孫悟空が立て髪に覆われた人面の額に向けて如意金箍棒を振り下ろした。
石猿の孫悟空は、元が石なので激音にも耐えられる。
「ぐごぁ!」
マルティヤ・クヴァーラは舌を出して地面に崩れた。
「あークソ、耳が痛いわ……そりゃ!」
そして倒れたマルティヤ・クヴァーラの横っ腹を今度は両耳から血を垂らした猪八戒の釘鈀が打つ。
「グゥ!!」
マルティヤ・クヴァーラはもんどり打って転がる。
「蠍の尾がなくなってるじゃねえか!おっさんがやったのか?」
「ルハードだよ。それも持ち帰るのが任務なんだとさ」
「きつい任務だなそりゃ」
猪八戒の答えに孫悟空は眉を顰め「うげげ」と言って舌を出した。
マルティヤ・クヴァーラはよろよろと起きあがり、前足で地面を抉り放射状に土を蒔いた。
「おっさん!」
「オジさん!」
「八戒!」
孫悟空は、音で気づいて素早く避けたが、耳を痛めている猪八戒は反応が遅れた。
迫り来る土砂の塊に猪八戒は背中を打たれ、地面に倒れた。
『この辺りがいいかな』
『こんなにあいつから遠くて大丈夫?』
ルハードが高翠蘭を連れてきたのは、マルティヤ・クヴァーラの姿が見下ろせる岩壁の上だった。
マルティヤ・クヴァーラに気づかれないよう、そして奴の攻撃射程の外に行くため、ルハードは空飛ぶ絨毯を使い移動したのだ。
『ここは風上だから、奴には絶対に気づかれないはず……』
そう言って、ルハードはひとまとまりにされていた封魔打尽網を解いた。
そしてそれを高翠蘭に渡した。
だがその時。
「──痛いっ!」
再び指輪が熱を持ち、高翠蘭は眉を顰めた。
『翠蘭……!まさか八戒サンになにか?』
高翠蘭は頷き、痛みに耐えながら歯を食いしばり、宝貝を握りしめた。
『使い方、わかる?』
『──大丈夫』
心配するルハードの問いかけに、深呼吸を一度だけして高翠蘭は頷いた。
高翠蘭は鏢がついた先端をくるくると振り回し、狙いを定める。
ヒュンヒュンと鏢が風を切りながら回る音が、だんだんと強くなる。
『師匠の仇、そして八戒さんを苦しめるなんて、絶対許さないんだから!』
(宝貝を使う時、たしか卯仙女はこう唱えていたわね……)
「疾!」
高翠蘭は、唱えると同時に鏢を手放した。
鏢はまるで意思を持ったようにグンと縄を引き、まっすぐマルティヤ・クヴァーラに飛んで行く。
『後は僕に任せて』
曲刀を抜いたルハードは自身もまたマルティヤ・クヴァーラにトドメを刺そうと、空飛ぶ絨毯に飛び乗った。
「ルハード……」
高翠蘭はまだ熱を放つ指輪をさすり、祈るように目を閉じた。




