【百二十四 オジさんの本気と怒り狂う怪物】
マルティヤ・クヴァーラの口からだらだらと垂れる血と唾液からは毒の煙。
土と草が溶ける匂いとバケモノの血の匂いがあたりに漂う。
ルハードは切り落とした蠍の尾を回収すると、頑丈な皮袋にしまった。
蠍の尾はまだグネグネとのたうちまわり、袋の中で針の残りを出し続けている。
だが分厚い袋を破ることはできず、そのうち何も動かなくなった。
ルハードは曲刀の柄を握り直し、よろめきながら立っているマルティヤ・クヴァーラを睨みつける。
そこへ猪八戒が駆け寄りアルシャークの言葉で作戦を練る。
『これからどうする』
『あとは手足を切り落とし、あれの動きを完全に止めましょう』
ルハードが言う。
『本部にこの尾とアレの首を証拠として持ち帰るよう言われているので、確実に斬り落とせるようにしたいんです』
「そこまで?」と驚いた顔をする猪八戒に、ルハードは追加で説明をする。
『なるほど。それなら悟空たちを待たずに
もうオレたちだけでやっちゃうか?』
『正直待つ余裕は無いです。ここで一気に決着をつけるのが得策かとわたしは思います』
『……だな』
猪八戒の背後には玄奘。
玄奘は壊れた祭壇の近くで戦勝のための読経をしている。
その清浄な音声で読まれる観音経のおかげか、立ち込めるマルティヤ・クヴァーラの毒の混じる血の匂いは猪八戒たちには何も効力を発揮していない。
そして、マルティヤ・クヴァーラを挟んでその反対側には高翠蘭がいる雲桟堂。
二人が守らないといけない存在のかなり近くにマルティヤ・クヴァーラがいると言う状況は、歓迎できない。
それに戦力に数えていた孫悟空の分身は全て消えてしまった。
『……よし』
猪八戒は決心したように大きく息を吐いた。
『オレが奴の気を引いている間に、それで一気にやれ。切る場所は立髪の後ろギリギリがいいだろうな』
『……ありがとう、感謝します』
自らの命を危険に晒す、猪八戒のその提案に、ルハードは感謝を示すように手を合わせ頭を下げた。
『行くぞ。速攻でケリをつけよう』
そう言って猪八戒は再びマルティヤ・クヴァーラに向かって駆け出した。
『ハエのように鬱陶しい奴らめ!』
マルティヤ・クヴァーラは威嚇するように叫び、毒の血と唾液を撒き散らす。
『褒め言葉をありがとさん!あんたの毒なんてオレたちには効かないよー!ほら、かかってこいよ!』
猪八戒がアルシャークの言葉で煽る。
マルティヤ・クヴァーラはその土地の怪物だ。
烏斯蔵国の言葉より伝わりやすい。
『食いちぎってやる!』
目論見通り、激昂したマルティヤ・クヴァーラは猪八戒を追い始めた。
地響を上げ、地を揺らして追いかけてくるマルティヤ・クヴァーラから逃げる。
玄奘と高翠蘭から引き離すために。
『豚だって舐めんなよ!オジさんの本気、みせてやるよ!』
そんな追いかけっこを目の端に入れつつ、ルハードは周りの中でも一際高い木に登った。
見下ろすと、マルティヤ・クヴァーラを引き付け走る猪八戒の姿。
ルハードは木の間で身を低くして屈み、機会を伺いながら曲刀を構えた。
『ほらほらこっち!』
「グウォオオオオ!!」
『よっ……と!』
猪八戒は、アルシャークの言葉で煽りながら、振りかぶられた鋭い爪が光る太い前足を引きつけギリギリで避ける。
すると、先程まで猪八戒がいた場所にあった木が粉微塵となり砕けた。
(やべえな、あんなに深傷を負わせたのにまだこれほどの力が……もう少し引き離さねえと……)
チラリと見上げた先の木に、月の光を反射した曲刀の光を見つけ、猪八戒はそこにルハードがいるのに気づいた。
(ルハード……頼んだぞ)
再び駆け出した猪八戒は、ルハードから狙いやすい位置を探す。
「チョコマカとぉおおおお!!!」
苛立ったマルティヤ・クヴァーラは前足を大きく地面に振り下ろした。




