【百十九 シャフリアル、正体を露わにする】
その様子を見たシャフリアルはニンマリと口角を上げ目を細めた。
「アア、良い飲みっぷりですネ。ではこちらの鳥の香味焼きなどもぜひ」
「あら、私ばかり食べてしまい申し訳ありませんわ。シャフリアル様こそお召し上がりになりませんの?」
玉龍はシャフリアルから受け取った皿をこっそり浄化して手元に置きながら言う。
そうなのだ。シャフリアルは人に勧めるばかりで自分は何も食べてはいないのだ。
「エエ、あまり食べすぎるとメインが入らなくナリマスから……」
そう言って舌なめずりをして、玉龍を見る。
「まあ……それはどんなご馳走なのかしら……オホホホ……」
玉龍は何も知らないふりをして、袖で口元を隠した。
(オエ〜……きンも)
もちろんシャフリアルの言うメインとは高翠蘭のことだ。
孫悟空と高太公は食べる振りだけをして時が過ぎるのを待った。
ルハードが高翠蘭を無事に雲桟堂に届け、玄奘と猪八戒が羂索陣を築き終わるまで、シャフリアルをこの場に止める必要があったからだ。
「ゴクウ、ブンシンくんたちからの連絡はまだ?」
「……まだだ」
正直限界だった玉龍は小声で孫悟空に訊ねる。
心外身の術で生み出した三体の分身と本体の意識は繋がっている。
準備ができれば彼らから孫悟空に伝わる筈なのだが、まだその知らせがない。
「……はぁ、連絡が来たら早く教えてよね」
宴席は表向きは和やかに時が流れていったのだが。
「オカシイ……」
しばらくするとシャフリアルがつぶやいた。
「ワタシの血を混ぜた酒と料理、ニンゲンが飲んだらすぐにこうなるはずなのに!ナゼ?!」
シャフリアルが指した高紅樹は酔い潰れて床に転がっている。
「お前タチ何もならない。オカシイ!」
そして、「オカシイ、オカシイ!!」と、片言の言葉で騒ぎ始めた。
あの料理の数々の禍々しさの原因がわかりホッとしたような、知りたくなかったような、玉龍たちは複雑な気持ちになった。
「ええ、血?!……そんなものを混ぜるなんて、うえぇ……」
如意宝珠でその血液を浄化したとはいえ、玉龍の気分は最悪だ。
玉龍は孫悟空の飲みかけの花茶をとって一気に飲み干した。
普段であれば激昂する孫悟空だが、あれだけ葡萄酒を飲んでいた玉龍をかわいそうに思い、おかわりを何杯も淹れてやった。
「はーっ、はーっ……」
勢いよく飲んで、口の端から垂れる花茶の雫を袖で拭う。
その淑女らしからぬ仕草に、シャフリアルは慌てたように立ち上がった。
「……キサマ、スイランじゃないな!」
「やっと気づいたの?何年もスイランさんに執着してた割には、遅いんじゃないの〜?」
腹いせとばかりに玉龍は茶杯を置き、挑発するようにせせら笑って言う。
「イエ!スイランはどこだ!どこへやった!」
「言うわけないじゃ〜ん」
玉龍はあかんべをしてそっぽを向いた。
「フザケルナ!!!!」
シャフリアルは激昂すると、その体を変化させた。
現れたのは蠍の尾を持つ人面の巨大な獅子。
真っ赤な血のようなたてがみに、ぬめる泥のような灰色の瞳。
あまりに大きすぎて壁も屋根も破壊してしまい、怪物の背後には星空煌めく紺碧の空が現れた。
獅子といっても、咆哮を上げるその口の中の牙の数は獅子よりも多く、びっしりと三列、口内を埋め尽くすように生えている。
そして興奮しているのか、荒々しい呼吸をするたびに口の端からは濃い紫色の煙が漏れる。
その煙が触れた皿や茶器は、シュウシュウと白い煙をあげながら溶けてしまった。
もう変装する必要も無くなったので、玉龍と孫悟空は変化を解いた。
「おい玉龍、あれ毒か?」
孫悟空の声が珍しく緊張している。
食器を溶かすような強い毒、いくら丈夫な石猿でも溶けてしまうだろう。
「ボクの如意宝珠があるから毒を喰らっても心配ないよ。それにしてもみたことない化け物だなあ。ゴクウ、知ってる?」
「知らん」
孫悟空は、呑気に聞いてくる玉龍に短く答え、シャフリアルの弱点はどこかにないかと探った。




