【百十六 変化を見抜く目】
孫悟空は、玄奘の声音、口調、雰囲気を纏って、身振りもゆっくり丁寧に。
「私は観音菩薩様の使いで天竺向かう身。ぜひ西域の話を聞きたいものだと、翠蘭様とお話ししていたのです」
背後でニヤニヤしている玉龍の気配を感じるが気にしない。
自分こそ、完璧に玄奘に変化できるのだと玉龍に見せつけ思い知らせようと、孫悟空はかんがえていた。
「そうなんです。なので、シャフリアル様との会食に、ぜひ玄奘様もご一緒させていただきたいのですが……」
笑いを堪えながら玉龍が震える声でそう言うと、高紅樹は満足げに頷いた。
「お前にも高商会の長たる自覚が出てきたのか。よかろう。旅の方もぜひ」
「ありがとうございます」
高紅樹の快諾に、孫悟空は玄奘のように上品で丁寧な仕草を真似して頭を下げた。
「待ちなさい!」
だがそれに高太公が待ったをかけた。
そんな高太公に対し、すぐに孫悟空が眼光鋭く視線を投げ、黙らせる。
二人の役目はシャフリアルに化けた化け物を誘い出すこと。
せっかくの好機を失うわけにはいかない。
孫悟空の威圧に高太公は金縛りにあったように動けなくなった。
「なんです?ああ、心配なら父上も来たらいいじゃないですか。ね、ぜひそうしましょう。私は厨房に人数の変更を告げて来るから、翠蘭は早くお坊様をご案内差し上げるのだぞ」
「わかりました。さ、あなたもお父様のお手伝いをしてください」
玉龍は部屋の見守りに当てられていたであろう使用人に指示を出す。
そのことにも満足した高紅樹は上機嫌で使用人を伴い戻って行った。
高紅樹がいなくなったのを確認してから、孫悟空は高太公の金縛りを解いた。
「き、貴様ら何者だ!妖怪め、翠蘭を、孫をどこにやった!」
体の自由を取り戻した高太公は興奮気味に言う。
「驚いた、あんた俺たちのことがわかるのか」
「我が高家の当主となるものは代々“目”を授かる。それは商会で扱う品物の真贋を見極めるために獲得した先祖伝来の能力なのだ」
だから高太公には変化した玉龍と孫悟空の本当の姿が見えているのだという。
「へぇ、面白いなあ」
感心する孫悟空に「何言ってんの」と言い、玉龍は進み出た。
「スイランさんのおじいちゃん落ち着いて。ごめんね驚かせちゃって。これは作戦なの」
「作戦だと?」
「はいこれ、スイランさんからの……」
言い終わる前に、高太公は玉龍が差し出した手紙を乱暴に取って開いた。
そして文字を追ううちに手紙を握る手が震え始める。
「おい、大丈夫かあの爺さん」
「さあ?何が書いてあるかボクも知らないし」
全て読み終わると、高太公は信じられないという目で二人を見た。
「本当に、孫を……翠蘭を救ってくれるのですね?!」
先程の威圧的な態度とは打って変わり、高太公は拝むように手を合わせて跪き、玉龍と孫悟空を見上げた。
「いくら化け物から孫を守るためとは言え、八戒殿に負担をかけていたのは心苦しいことでした。どうか、どうか……!」
「そうそう、だからボクたちに任せてね」
そう言って玉龍は手を伸ばし高太公を立ち上がらせた。
「それじゃ、一緒に参りましょう。お祖父さま!」
そして高太公に腕を絡め、シャフリアルと高紅樹の待つ部屋へと向かおうと歩き出した。
「大丈夫かよ……」
軽い頭痛と不安を覚えながら、孫悟空もその後をついて行った。
その頃、高翠蘭はルハードと共に、彼の魔具『魔法の絨毯』に乗って雲桟堂に向かっていた。
出会った頃は背も低いまだあどけない少年だったのに、隣に座る青年は見たこともない、大人びた表情をしている。
高翠蘭の視線に気づいたのか、ルハードがこちらを向いた。
ふとかち合う視線に少し気まずさを感じ、高翠蘭は視線を夜の月に移した。




